あとから彼に確認すると、「舌打ちなんてしていない」の一点張り。「だいたい、パワハラなんて仕事ができない言い訳だよ」と言いだした。以前なら「彼が言っているんだから正しい」と思ったかもしれないが、そのときすでに社会人経験を積んだ彼女には違和感を覚えた出来事だった。後に、彼が父親から強いプレッシャーを受けて育ち、父を超える大学院に進めなかったコンプレックスを抱いていることを知る。父親とは何年も交流が途絶えていた。
「でも彼はそれを絶対に認めない。だったらお父さんに会いに行けば?と言ったら『父に会うメリットがどこにある』と言い放つんです。家族間の感情まで損得で考えるのかと複雑な気持ちでしたね」
アツコさんの熱は、それがきっかけで次第に冷めていった。自分を正当化する彼の性格がだんだん怖くなったという。
優秀な人ほど、整然とした独自の行動理論を持っているものだ。それは美点になりうる。ただ、何度か苦い恋を経験した人なら、まして親世代なら、眞子さまが選ぼうとしている「あの人」に、不穏な空気を感じる人も少なくない。そういう人の一部に流れる、独特の“ヤバさ”を感じてしまうから。
「うちの娘が結婚したいと連れてきた男が、そういうタイプでした」
そう話すのは50代後半のサトシさんだ。当時大学3年だった娘が、「中退して結婚する」と連れてきた相手は、IT関連の会社の代表だと名乗り、年収2千万円と豪語した。
「『高校に行かなくてもここまでになれる、そもそも学校教育とは……』と演説を始めたんです。娘はうっとりと聞いている。彼には彼の考えがあるのはわかる。だが、それが世間一般の常識からどう見えるかの客観的視点は一切なかった」
娘には冷静に、自分が抱いた感想を告げ、それでもいいなら結婚すればいい、だが大学だけは卒業しろと突き放した。自身も若いころは恋愛で痛手を負ったこともある。だから、頭ごなしに娘を否定することはできない。この世代の親たちが抱えがちなジレンマだ。