87条にわたる契約書を読むと、資金を調達し大会を運営すること(1条)など日本側に実に多くの義務を課していることがわかる。一方、IOC側に定められているのは主に利益と権利の一部を開催都市側に提供すること(13条)。IOCは組織委に拠出金を支払っているが、契約上は「拠出金を提供する、いかなる法的拘束力のある義務も負うものではない」(14条)となっている。
■日本には不平等契約
そのいびつさから「不平等契約」だとの批判も多い。その最たるものが契約解除に関する取り決めと金銭的リスクについてだ。
契約書では、契約を解除する、つまり大会中止の権限をIОCのみに与えている(66条)。さらに、IOCが中止を決めても日本側は損害を請求できないばかりか、「第三者からの請求、訴訟、または判断からIOC被賠償者を補償し、無害に保つ」義務を負う(同)。逆に日本側からは、予見できなかった困難が生じた場合、組織委が「合理的な変更を考慮するようIOCに要求できる」が、実際に変更するかはIOCの裁量で、IOCは「考慮、同意、または対応する義務を負わない」(71条)。
契約を解除する定めがない以上、IOCが同意しなければ、日本側にできるのは一方的な契約破棄だ。その場合、IOCは賠償を請求する可能性がある。日本側の行動に起因してIOCやスポンサー、放送機関を含む関係者が損害を被る場合、日本側に「補償し、防御し、かつ害が及ばないようにし、また免責する」義務がある(9条)からだ。さらに、契約の規定違反による「すべての損害、費用および責任」について日本側は連帯責任を負い、IOCは「単独の裁量にて訴訟を起こすことができる」(4条)となっている。
■立候補する都市が減少
日本側が今回、新型コロナウイルスの感染拡大を理由に中止を申し入れた場合、どうなるのか。松本准教授はIOCや放送局も保険に加入しているので満額請求は考えにくいとしつつ、こう話す。
「ワクチン接種が進む欧米の感覚では、コロナは既に『終戦モード』で日本とは大きなギャップがあります。さらに、IOCは民間団体で、各国・地域のオリンピック委員会にお金を回す必要もある以上、損害に目をつぶることはできない。数百億円規模の賠償は求められる可能性が高いでしょうし、日本側が契約を破棄して裁判になれば『責任なし』とはならないでしょう。両者の協議で意思決定するのが望ましい姿ですが、すべての決定権がIOCにある。スポーツ大会契約としてほかにあまり例がありません」