一方、冒頭の五輪中止署名を主導する宇都宮健児弁護士はこう語る。

「今回のパンデミックは世界的な『災害』です。命を守るためにやむを得ず開催断念を申し入れたホストシティーに対し、高飛車に賠償請求するなら、今後立候補する都市がなくなってIOCは崩壊します。同意せざるを得ないでしょう。問題は日本側が意思統一できるかです」

 実際、五輪の肥大化とともに費用負担に対する住民の反発は強くなり、IOCは対応に苦慮している。2024年大会の招致レースでは当初5都市が立候補したものの、結局残ったのはパリとロサンゼルスだけ。28年大会の状況も厳しかったため、24年はパリ、28年はロサンゼルスに振り分けるという異例の手法を取らざるを得なかった。32年大会は開催に興味を持つ都市と水面下で対話を重ねる仕組みに変更し、オーストラリアのブリスベンが候補になっている。

 そもそも、なぜこんなにも不平等な契約が結ばれているのか。松本准教授は言う。

「実は契約全体が必ずしも『不平等』ではありません。五輪開催の『レガシー』が残るだけでなく、金銭的にもホスト側のメリットが大きく、平時ならばウィンウィンな契約なんです」

■国内分はホスト側に

 契約ではリスクをホスト側が負う一方、国内スポンサー契約や国内分のグッズ・チケット販売など、大会放映権を除く「金脈」の多くがホスト側に譲られている。これらの収入から経費を引いた剰余金はIOCとJOCに20%ずつ、組織委に60%が分配される(44条/今回は延期に伴いIOCは権利分を放棄)。

「IOCにわたる分はビジネスの名義料のようなイメージ。20%はやや高いですが、異常ではありません。そして、今大会は過去最高を大きく更新する国内スポンサー契約が結ばれ、予定どおり開催できれば剰余金は数百億円に上る試算でした」(松本准教授)

 しかし、延期に伴う経費がかさみ、昨年末に公表された組織委の予算では剰余金がほぼ見込めなくなった。コロナ対策として観客数を間引いたり無観客にしたりすれば、900億円と見込まれるチケット収入も激減することになる。大会全体の経費も招致当初の7340億円から1兆6440億円にふくれあがった。国や都が支出した関連経費も含めれば3兆円を超えると見られ、コロナ対策でさらなる増額の可能性すら指摘される。

「誰もがいきいきと豊かに暮らせる東京」「かけがえのない感動と記憶」──。当初、五輪開催の大義に掲げられた「レガシー」は望むべくもない。ただ、開催都市契約の問題点があらわになったことこそが、TOKYO2020最大のレガシーになるかもしれない。(編集部・川口穣)

AERA 2021年6月14日号

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