コロナで多くの人の心が蝕まれている。そんな状況は婚活の場面でも感じられることのようだ。57歳で本格的な婚活を始めたライターの石神賢介氏は、最近、何ともミステリアスな婚活体験をしたという。
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婚活アプリで知り合い、世田谷の住宅街の洋食店で食事をした35歳のトシコさんはコロナ禍で仕事を失った女性だった。彼女の申し込みに、最初は腰が引けた。メッセージがほかの女性と明らかに違っていた。
「助けてください。結婚して子どもを産みたいです。職を失い、毎日就職活動をしています。なかなかうまくいかず、キャバクラの求人にも応募しましたが、初出勤の前日に怖くなって断りました。いっそのこと海外で生活したいのですが、コロナ禍の今は無理です。結婚・出産のご相談をしたいです」
違和感を覚えたものの、会ってみることにした。レストランで向き合うと、小柄で肌がつるつるした女性だった。
「オーダーはお任せしてよろしいですか」
洋食店のテーブルに付くと、彼女は満面の笑みで言う。
「わたくし、食事は男性に選んでいただきたいものですから」
不自然に丁寧な話し方だ。彼女の好みを聞きながら、サラダ、マッシュルームのソテー、ラムロースのグリル、ガーリックブレッドなどを注文した。ラムを選んだのは、トシコさんが鉄分の多い肉がほしい、と言ったのだ。ラム肉は鉄分を多く含んでいる。ところが、料理が来ても彼女は手を付けない。皿に取り分けても、ただ困った顔をしている。
「どうされましたか?」
そう訊ねても、下を見ている。もう一度聞くと、ようやく口を開いた。
「わたくし、外食ではコースでしか食事をしたことありません。誰かと分けて食べたことは一度もありません」
びっくりしたが、しかたがない。彼女だけのためにサラダや肉を追加した。テーブルの上は料理でいっぱいになった。ご機嫌になった彼女は、おいしいおいしいと目の前のものを食べる。シャンパンやワインもごくごく飲む。
「わたくし、すぐにでも結婚したいのです」
食事中、彼女は何度も言った。