志麻:そうなんです。食事はほとんどお店で食べられるので、家賃と光熱費だけ確保して、あとは本を買ったりフランス語を習ったり、映画を見に行ったり、美術館に行ったり、とにかくフランスを知るために全部使ってました。労働時間がすごく長くて、多いときは1日19時間労働とかなんですけど、残った5時間は、3時間寝て2時間は勉強するという感じで。
林:ちょっと……。
志麻:でも、アドレナリンがずっと出てる感じで、楽しくてしょうがなかったです。
林:おしゃれしたいとか、ぜんぜん思わなかったんですか。
志麻:おしゃれはまったく興味がなかったんです。今もあんまり興味がない分野で(笑)。
林:そのころは、いずれ自分のお店を持ちたいと思ってたんですか。
志麻:フランス留学から帰ってきた当時は、そういう思いもありました。でも、レストランで働いているうちに、自分の姿が、憧れていたフランス映画や文学の中に出てくる、食卓を囲んだ情景とズレている気がして、すごく苦しくなってきたんですよ。
林:「バベットの晩餐会」(1987年)という映画見ました?
志麻:はい、見ました。何度も。
林:元シェフのフランス人女性が北欧にやってきて、食事の楽しさを伝えるという物語で、私、感動しました。志麻さんもフランスの家庭料理の楽しさを知って、それが頭から離れなかったんですね。
志麻:そうなんです。日本で最初に働いたお店はフレンチの高級店でしたが、次に働いたのはビストロで。2千円でおなかいっぱい食べられるお店だったんですけど、それでもフレンチの堅苦しさが取り払えなかったんですよ。それで、「レストランで働くことが本当に自分のやりたいことなのかな?」って悩み続けて、逃げるようにレストランの世界から離れてしまったんです。
林:そんなことがあったの?
志麻:二つ目のビストロでは10年働きました。当時の私、生意気にも「やる気のない人とは一緒に働きたくないから、2人でやらせてもらえませんか?」ってシェフに提案して、もともと4人で回していた厨房を、シェフと私の2人で回すようにしちゃったんです。すごく大変でしたけど、モチベーションの低い人がいないから楽しくて。思い返せば、視野が狭かったというか、全員が自分と同じように努力するのが当然と信じていて……。それなのに、置き手紙ひとつで私はその店をやめてしまったんですよ。