■善逸の「勇気」

遊郭編」のエピソードがはじまる直前の任務で、善逸は、炭治郎らとともに、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)の死を見届けている。あの強い炎柱の死は、鬼殺隊の任務がいかに「死」と近いものか意識させるものだった。鬼の実力者「十二鬼月(じゅうにきづき)」との遭遇の危険性も高まっていた。しかし、善逸はこの頃から、任務に向かうことを拒否しなくなっている。煉獄の生きざまから、自分がなすべきことを再認識したからだ。

 そんなある日、音柱・宇髄天元(うずい・てんげん)が遊郭での任務のため、実戦経験が不十分な少女たちを、潜入員として連れて行こうとする。善逸は、上官である柱への指示を聞かず、止めに入る。

<アアアアアオイちゃんを放してもらおうか たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩もひひひ引かないぜ>(我妻善逸/8巻・ 第70話「人攫い」)

 宇髄が放った気迫に気おされながらも、善逸は、言葉のとおり一歩も引かない。

■「遊郭編」でみせた“善逸らしくない”行動

 善逸は、自分を卑下したり、弱音を吐くことはあるが、他人に恥をかかせたり、自分を偽ったりはしない。くだらない出来事に大騒ぎはするが、静かに怒る場面は珍しく、数少ない「真の怒り」のシーンには、「善逸の本質」が隠されている。

 ひとつ例をあげると、「遊郭の鬼」との戦闘に際して、善逸が厳しい表情で鬼に謝罪を求める場面がある。

<俺は君に言いたいことがある 耳を引っ張って怪我をさせた子に謝れ>(我妻善逸/10巻・ 第88話「倒し方」)

 真剣に謝罪を求めるこの時の善逸は、いつもと表情がまったく違う。遊郭潜入のために奇妙な化粧をしているが、その面白さも吹き飛ぶほどに、彼の表情は険しい。

 そもそも、この場面のセリフ自体が奇妙である。鬼は人を喰う。善逸が話をしているこの鬼は、無数の人間を食料にしており、少女にけがをさせたかどうかなどは、些細なことでもある。善逸の語りかけに対して、「遊郭の鬼」は、「この街じゃ女は商品なのよ 物と同じ」と答える。これは1つの悲しい真実だ。

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他者を踏みにじる者への怒り