「球速が伸びていますし、彼の武器はやはり何と言っても落差の大きいスライダー。高校生ではなかなか打てないでしょう。さらに、この球が狙われていると思ったら、腕の振りを変えて軌道を変えてくる。引き出しが豊富で、危機回避能力が抜けています」

 選抜では惜しくも初戦敗退だったが、進化を遂げた左腕に注目だ。

 楊氏は日本文理(新潟)の2年生エース・田中晴也を推す。

「投打の二刀流で、新潟大会の準決勝では2本塁打を放ちました。投球はクレバーで、2年生らしからぬ落ち着きがある。しかも、決勝では九回に自己最速の144キロを出すなどスタミナも備えています。化けるかもしれないと思いましたね」

 打者では智弁学園(奈良)の前川右京が筆頭か。強豪校で1年時から4番を務め、今夏は主に1番を打つ。177センチ90キロと、分厚く堂々たる体格で、奈良大会では打率6割4分3厘を記録した。

「左の長距離砲で、スラッガーとしての条件が備わっています。ただパワーがあるというだけでは30本、40本と本塁打は打てません。彼は逆方向にも本塁打が打てて、打球速度も引っ張ったときと変わらない。技術も優れているということです」(安倍氏)

 そのほか、「打てる捕手」の高木翔斗(県岐阜商)、群馬大会3本塁打の皆川岳飛(がくと、前橋育英)の名前も覚えておきたい。

 今夏の地方大会は好投手の敗退だけではなく、甲子園常連校が次々と敗れる波乱含みの展開でもあった。

 中止となった昨夏を除いて福島大会13連覇中だった聖光学院、4大会連続出場を目指した仙台育英(宮城)、夏の甲子園最多優勝回数を誇る中京大中京など、常連校が続々敗退。安倍氏はその要因をこう分析する。

「強いチームは圧倒的な練習量と試合数をこなすことで地方大会前に能力を上げてくるのが常でした。それがコロナ禍で制限されて、キープできなくなった。強豪校の選手から自信が失われているように見えました」

 特に顕著だったのが、打席でベンチを見る回数が多くなったことだという。2死満塁で、もう打つしかないという場面でも、指示をあおぐようにベンチに視線をやる。

「百戦錬磨の強豪校の選手らしからぬ姿で、どこか半信半疑で野球をやっているようでした」

 それだけに、この夏はどこが優勝してもおかしくない。07年の佐賀北以来の公立校優勝もあるか。

「今年の出場校の顔ぶれを見ると、何となく前橋育英が初出場初優勝した13年に似ていると感じます。初出場や久しぶりの出場など、フレッシュな高校が多い。地方大会でも波乱が多かったですし、甲子園でも波乱の展開は十分ありえます」(楊氏)

「昨年の交流試合は生きた球を打てていない影響からか投高打低でした。今年は地方大会を見るかぎり、好投手が打たれてもいますし、その傾向はない。活発な打撃戦が繰り広げられるのではないでしょうか」(安倍氏)

 高校球児が挑む夢舞台。見逃せない夏がもうすぐやってくる。(本誌・秦正理)

週刊朝日  2021年8月13日号

[AERA最新号はこちら]