最高裁の外観
最高裁の外観

「一筋縄ではいかない」とはどういう意味なのか。司法の専門家二人に判決文を読み解いてもらった。

 元検察官で現在は弁護士の市川寛氏は、「この判決は弁護側にずいぶん酷なことを言っているな」と感じたという。

「『当事者双方の主張立証を尽くさせることが必要』という一文があるのですが、立証の責任は検察側にあって弁護側にはないのが刑事裁判の鉄則のはずですよね。また、これまでの検察の主張には、『首を絞めたあとに階段から突き落とすなんて、いずれバレる偽装工作をするものか?』というように、証拠と辻褄を合わせるために無茶している部分がある印象ですが、判決文中に『今の筋書きが成り立たない場合、別の筋書きなら殺人を立証できるのか検討しなさい』と受け取れる内容があるのも気になります。最高裁は暗に『そう簡単に無罪にはするな』と言っているのかなと」

 対して、記事冒頭に登場した元裁判官の水野氏は、「今の筋書きが成り立たないなら、有罪はあきらめたほうがいい」というメッセージと捉えるのが自然だと考える。

「いいか悪いかは別にしてですが、最高裁が有罪という印象を持ったならば、『上告理由なし』とさらっと棄却するのがこれまでの常道なので」

 水野氏は今回の最高裁の判決について、「まだ審議を尽くす余地があるのはわかるが、差し戻しではなく無罪の自判をするのがあるべき姿だったのでは?」と指摘する。

「これ以上調べても、自殺が絶対になかったとは到底言えないと思うんですよ。もし冤罪なら大変な事態ですし、高裁は2~3カ月くらいで差し戻し審を開いて、最高裁から指摘された争点の審理が済んだら無罪判決を出すんじゃないかなと個人的には思います」

 とは言え、「検察もやすやすとは引き下がれない」と話すのが、市川氏だ。

「『120%真っ黒黒の確信がないと起訴しない』『起訴したら有罪が当たり前』を売りにしているのが検察組織。それが揺らぐのはお家の一大事です。今回の上告審には私の同期や知り合いの検事が投入されていますが、みんな優秀な人ばかりですよ。この顔ぶれだけでも検察の危機感がうかがえます。無罪ではなく差し戻しというのは、相撲で例えると“徳俵で残った”状況。補充捜査をしたり、過去の証拠をほじくり返したりして、高裁では是が非でも有罪を勝ち取ろうとするでしょうね」

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