突然怒り出してトラブルになるとか、喧嘩っ早くてチンピラにひどい暴力を受けて2カ月近くも入院したとか、逸話には事欠かない夫。その都度妻は大変な思いをした。それなら楽しかったこともつらかったことも書いておかなければと腹をくくった。

 締め切りは1年後。それからが大変だった。新聞記事の執筆と自分の視点を強く打ち出す原稿を本一冊分書くのとでは苦労の種類が違う。

「どうしても客観的になっちゃうんですね。最初は評伝みたいに書いちゃって、ほぼ『全バツ』にされました(笑)」

 写真家である坪内の前妻との精神的な軋轢もひるまず書いた。ただ、それはあくまでも自分からの視点で描いたもので、「彼女から見ればフェアじゃないかも」と話す。

「ツボちゃん本人は何も言わない、何も書かないと決めていたようなので、私が書くのはどうなのかとも思ったけれど、そこは別人格ですから」

 結果的には、坪内祐三という複雑な人間のありようを、自らの内面と照らし合わせて描くことに成功したと思う。

 両親とも長生きという坪内だったのに、本人はあまりにも早く死んでしまった。

「ツボちゃんは『やるべき仕事は全部やった』と言っていたことがあります。確かに一人の人間としてはやり切ったと思うんですけれど、彼にも年齢に従って書けるものがあったはずなんです。それは書いてほしかったですね」

「僕が死んだらさびしいよ?」と言っていた坪内。そのさびしさを書くことで昇華する妻。やはり濃い二人である。

(ライター・千葉望)

AERA 2021年8月30日号

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