いつも机に伏せてこわばった表情をしていた人が「うちの娘もなおちゃんっていうんだ」と笑ったり、記憶が曖昧だった人が子どもが小さかったころの思い出を滔々(とうとう)と語りだして家族を驚かせたり。精神状態が安定することで、頻尿や食欲不振、不眠、慢性痛の改善など身体的な効果も見られた。
なおくんと一緒だと静かに座っていられる、嫌いなお風呂に入れる、というケースもあり、現場は大助かりだという。職員は「ロボットではなく、スタッフの一員」と笑う。
一つ、職員たちが首をかしげる現象がある。なおくんに対し、夫や妻、子ども、孫のように接する入所者が一定数いるのだ。ある女性は、亡くなった夫を投影していた。「お父さんどこにおるん?」「私を連れて帰ってくれるんか?」としきりに話しかける。
「そばにいて自分の言葉や動きに反応してくれるから、自然と大切な人を重ねるのかもしれません」(前出の職員)
パロの生みの親は、産業技術総合研究所の柴田崇徳博士だ。1993年に開発を始め、現在は第9世代。ストレス解消や、認知症・うつ症状の改善に効果があるアニマルセラピーをヒントにした“人を癒やすロボット”が開発のテーマだ。動物を飼うハードルとなる費用やアレルギー、老化や死といった問題は、ロボットなら克服できる。
今、世界で約7千体のパロが活躍している。家庭のほか、病院や福祉施設などでの利用も多い。欧米では医療機器として公的保険や助成が適用される国もあり、柴田博士は日本でも適用対象となることを目指している。
「パロによって心の状態が安定し、不安や徘徊、暴力などの認知症の周辺症状が改善すれば、在宅でも家族が介護を続けられるケースが増える。認知症の要介護者1人あたりにかかる介護保険サービスの費用は、在宅の場合月に約10万円、施設の場合は約30万円と言われる。パロは1台約45万円。保険適用によって普及が進み在宅介護を維持しやすくなれば、社会的コストの削減につながります」
社会保障費が年々膨らみ、介護現場の人手不足も深刻な超高齢社会の救世主は、愛くるしいロボットたちかもしれない。(本誌・大谷百合絵)
※週刊朝日 2021年9月17日号