大学生らがすれ違う実験の様子。右側の集団の3人が「歩きスマホ」をしている(村上久助教提供)

 現在、もっとも主流の「物理学的なモデルを使っても解けない謎」。それをとくカギとして、村上氏らが考えたのが「予期」だった。

「物理学的モデルを簡単に説明すると、近くの歩行者の影響は大きく、遠くの人の影響は少ない。けれど実際には、近くの歩行者でも同じ方向に歩いていればぶつからない。一方、遠くの歩行者でも、向かってくる人はやがてぶつかるかもしれない。人間はそういうことを『予期』しながら歩いているらしいということが分かってきたのです」

 しかし、一人ひとりの歩行者の「予期」が、人流の自然な秩序形成と結びついているかどうかは不明だった。 

■「歩きスマホ」を採用した理由

「そこで今回、行ったのは『予期』が歩行者の集団形成に重要であることを明らかにするための実験で、あえて歩行者のなかに『予期できない人』を入れてみました。それで人流形成が妨げられれば、『予期』が重要な要素であることが証明できるからです」

 その、「予期できない人」というのが「歩きスマホ」の人だ。

「歩きスマホじゃなくてもよかったんですが、歩きスマホというのはとても日常的な行為で、注意力が散漫になるという特性も非常によく研究されている。それで実験要素として採用しました」

 実験では、大学構内に横断歩道のような場面を設定。被験者27人ずつからなる2つの歩行者グループをつくり、それが対向して歩き、すれ違った。さらに、一方のグループに3人の「歩きスマホ」を入れた場合と比較した。

 結果はどうだったのか。

「歩きスマホの人が加わると、人流の秩序形成が明らかに滞った。いないときと比べて秩序形成に最大、倍くらい時間がかかりました」

 さらに歩行者の動きを細かく解析すると、歩行速度の加減速が大きくなり、歩く方向にも急なターンが見られた。

 歩きスマホによって対向する歩行者の動きの「予期」が遅れ、すぐ目の前で衝突を回避しようとするため、そのような動きになったと、村上氏は分析する。

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