最後に、またしても武騎手がらみになってしまうが1999年のダービーにはぜひ触れておきたい。この年ほど大舞台での経験の差が非情なまでに出たダービーはなかったのではないかと思うからだ。
この年のダービーは皐月賞を制したテイエムオペラオー、弥生賞勝ち馬で皐月賞は3着だったナリタトップロード、そして3歳(現2歳)時は無傷の3連勝ながら弥生賞でナリタトップロードの2着に敗れ、皐月賞は体調不良もあって6着と崩れたアドマイヤベガが3強と見られていた。
ダービーではテイエムオペラオーが中段に付け、ナリタトップロードはこれをやや遅れて見る位置。武騎手のアドマイヤベガは後方に控える展開となり、3強で最も早く動いたのはテイエムオペラオーだった。4コーナーで大外から上がっていき、残り400メートルを過ぎたあたりで先頭に立つ。そこへライバルをマークしていたナリタトップロードが襲い掛かって残り200メートルでかわしたところを、大外からアドマイヤベガがまとめて差し切った。
結果的には先に仕掛けた馬ほど着順を落としたわけだが、テイエムオペラオーの和田竜二騎手は当時21歳で皐月賞がG1初制覇。ナリタトップロードの渡辺薫彦騎手もG1未勝利の24歳だった。前者は二冠のかかる皐月賞馬として、後者は1番人気として脚を余す競馬はできないというプレッシャーがかなりのものだったことは想像に難くない。
対して武騎手は脂の乗り切った30歳のトップジョッキーで、前年にはスペシャルウィークで悲願のダービー初制覇を果たしてダービー未勝利の呪縛から解放されていた。最後まで仕掛けを我慢できる精神力と、それが許される鞍上の実績がものをいったダービーだったと今でも思う。
まだまだ語りつくせぬほど神騎乗エピソードはたくさんある。競馬ファンの方々もそれぞれに印象に残るレースがあることだろう。これから先もそうしたレースを数多く見られることを願いつつ、そしてかつての名騎乗を思い出しつつ秋のG1戦線を楽しんでみよう。(文・杉山貴宏)