私が取材した子どもたちは、大半が家庭内暴力を受けていますし、両親が薬物中毒者で、シャブで狂いながらひたすらセックスを続けているといった状況も当たり前です。薬による幻覚で、親が娘に殴りかかってくるようなこともありますし、ものを使って流血するまで痛めつけるような事例もありました。中には実の母親に覚せい剤を打たれて、13歳で母親からヤクザが経営するソープに売り飛ばされたり、育児放棄で餓死寸前に追いやられたりした子どももいます。母親が覚せい剤を大量に服用し、家で失禁して気絶していたといった話もありました。
子どもが日常的にこうした状況に置かれているわけですから、虐待以外の何物でもありません。取材していても、悲惨すぎてある時期の記憶が飛んでしまっているという子が一定数いました。
――暴力団の家庭に薬物が入り込んでしまっている背景には何があるのでしょうか。
暴力団対策法(暴対法)や暴排条例などでヤクザに対する締め付けが厳しくなるにつれて、彼らは不動産や金融などの仕事ができなくなり、薬物を売買することでしか金を手に入れられなくなりました。売買はするけど自分では使わないなんていうヤクザはまずいません。特に末端のヤクザはほとんどが自分でも使っています。シャブはセックスと相性がいい。だから当然、妻も薬物中毒になります。両親が常用者になれば、家庭は崩壊します。
幼い頃から薬漬けになっている両親の姿を見続けているので、ヤクザの子どもたちの多くは、親やヤクザを嫌悪しています。ヤクザは金や薬のために平気で自分の子どもを売り飛ばしたり、働かせたりするわけですから当然ですよね。ヤクザにとっては子どもも搾取の対象になる。だから、子どもは親やヤクザを全然かっこいいと思っていない。ある意味では、ここだけは希望と言えるのかもしれません。
――一方で、本の中に登場する子どもたちは親を恨みながらも、反社の世界に足を突っ込んでしまうケースも多くあります。親を憎みながらも同じ道を歩んでしまうのは、どうしてでしょうか。
ヤクザの家庭は、ごく限られた場所でしか生きていけず、そこにしかアイデンティティーがないからです。地域はヤクザ家庭との付き合いを避けます。子どもは小学校に上がる前から、同級生の親に「あの子とは付き合うな」と言われ続けることになるので、早々に社会から排除されてしまうのです。