「英語、プログラミング、コロナ対応……新しい仕事がどんどん降ってきます。校長は、残業の指示や命令はしていないと裁判で述べましたが、勤務時間内に終えられないほどの量があり、残業を余儀なくされているのです。残業は“自発的行為”という名のもとの『無賃強制労働』です」(田中さん)
16年の文科省の調査では、小学校教員の3割、中学校教員の6割が、過労死ラインとされる月80時間以上の残業をしている実態が明らかになった。
「若い女性教員が、今の働き方では『子どもを産み育てることはできない』というのを聞いて、ショックを受けました。今の労働環境を若い教員たちに引き継いではいけないと思い、訴訟を起こしました」(同)
田中さんは一審を不服として控訴した。二審は早ければ年内か年明けに、東京高等裁判所で開かれる見通しだ。今回の判決を受けて、田中さんの支援事務局が始めた署名は4万筆以上集まった。裁判費用のクラウドファンディングも目標の200万円に到達しそうな勢いだ。
部活も時間外に重負担
支援事務局を立ち上げたのは、東京学芸大学4年の石原悠太さん(24)。4人の学生で運営している。石原さんは言う。
「この裁判は僕たちにとって他人事ではありません。既に教壇に立っている仲間もいます。労働環境を改善し、より良き教育につなげていきたいです」
一審は敗訴となったが、画期的な前進もあった、と前出の高橋准教授は指摘する。
「これまでの裁判では、教員の残業は『自発的行為』として労働時間が一切認められませんでしたが、今回、初めて労働時間が認められました。これによって教員も1日8時間を超えて勤務させられた場合は、違法になる可能性が出てきました」
かねて中学や高校では部活動の時間外労働の負担の重さに、多くの教員が声をあげてきた。もし訴訟を起こした場合、どうなるのだろう。田中さんの代理人の若生直樹弁護士は言う。
「今回の判決を前提に見た場合、まず部活動は学校教育の一環として学習指導要領に位置付けられています。このため校長が部活動指導を当該教員に任せていた実態が認められれば、教員が自主的に行った活動とはいえず、労基法上の労働時間と判断される可能性があります。長時間の時間外労働が認定されれば、国家賠償の対象になる可能性も十分あると考えられます」
文科省は、取材に対して「学校における働き方改革を一層進めていく。給特法については、来年度実施する勤務実態調査の結果を踏まえ検討する」と答えた。全国の教員の残業代を仮に支払うとなると、年間約9千億円と試算されている。もはや細かな施策で解決できるレベルを超えている。新政権の本腰を入れた取り組みが問われている。(編集部・石田かおる)
※AERA 2021年11月29日号