AERA 2021年11月29日号より/※裁判の判決文別紙から、一部抜粋し作成
AERA 2021年11月29日号より/※裁判の判決文別紙から、一部抜粋し作成

 労働時間か否かを分かつ大きなポイントとなったのが、校長の指示や命令があったかだ。

 SNSには「『労働時間でない』と司法が線引きした残業についてはやらない。断ることだ」「これからはひとつひとつの業務について、校長に『それは命令ですか?』と確かめる必要がある」といったような教員の声が見られた。一方、「労働時間として認められないからといって『保護者対応も教材研究もやりません』なんて無責任なことを教員はできない。それを見越して、つけ込まれている」のようなジレンマの声も少なからずあった。

未来の教員にも影響

 判決の影響は、教員だけでなく、教員志望の若者にも及んでいる。教育学部3年の女子学生(22)は、高校3年のとき勉強の悩みから学校に通えなくなった時期があった。どん底から救ったのは丹念に話を聞いてくれた教員の存在だった。それが、教職を目指す動機になっている。

「恩師が朝に夕に私にしてくれたことは、今回の判決の理屈でいくと『労働時間とみなされない、好きでやっているボランティア』と判断される可能性が高く、悲しくなりました。恩師に連絡すると『教師の本分だ。構わない』と言ってくれました。その代わり『本分でない仕事は減ってほしい』とも言っていました。恩師は過重労働でメンタルを病み、一時期休職をしていました。国は本気で、教員や教員志望者が安心して働ける労働環境を作ってほしい」(女子学生)

 司法上の手続きとはいえ、教育現場の実態や価値観と合わない、この仕分けのチグハグさは何に起因するのか。田中さんの証人として、意見書を提出した埼玉大学の高橋哲准教授(教育法学)は、次のように説明する。

「『翌日の授業準備1コマ5分』というのは、裁判官が主観で決めたもので、教育の専門的見地からではありません。教員のモチベーションやモラルを低下させる可能性は否めません」

残業は「無賃強制労働」

 一番の問題は、児童の提出物のペン入れや保護者対応など、教員の核心といえる業務が勤務時間内にできず、時間外に押しやられている点だ。

「例えばアメリカの学校では、保護者対応の時間を1週間に80分、勤務時間内に確保しなければいけないなどと決めています。教員のコアな業務については、標準時間を定め、勤務時間内に時間を確保できるよう労働環境を変えていかなければいけません」(高橋准教授)

 裁判を起こした田中さんが、教員になったのは81年。このころは児童が下校したあと翌日の授業準備をし、定時で帰れた。状況が変わったのは、2000年ごろからだ。校長の権限が強化され、職員会議が校長の補助機関に変わった。それまでは、職員会議でさまざまな業務について話し合いで決めていたが、今は意見を言う教員はほとんどいない。業務量はどんどん膨らみ、勤務時間内に終えられなくなった。

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