川端康成のノーベル賞受賞を決定づけた作品のひとつ、「古都」。主人公は、京都の老舗呉服店の一人娘だ。この作品が特に海外で高く評価された背景には、主人公の数奇な人生が、名所や行事など京都の伝統文化とともに描写されたこともあるだろう。彼女が日々過ごした京都の街を追体験してみよう。
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「古都」では、主人公の老舗呉服店の一人娘・千重子やその家族が訪れる場所、楽しむ行事などの記述が多い。なるほど京都の老舗商人一家はこのように暮らしているのかと思わせる。しかも春から始まり冬で終わるので、四季折々の街の様子が楽しめる。その意味で、京都ガイドブックとしても重宝するのだ。
川端がこの作品を朝日新聞に連載開始したのは、1961年秋。それから60年が経っても、千重子が楽しんだ京都は人々を魅了してやまない。
最初に千重子が訪れる場所は、平安神宮。幼馴染みの真一に誘われて、ふたりで桜を観に行く。池を中心に約1万坪もの広さを誇る庭園を、ふたりはゆっくりと巡る。
<真一は先きに立って、池のなかの飛び石を渡った。「沢渡り」と呼ばれている。鳥居を切ってならべたような、円い飛び石である。千重子はきもののつまを、少しからげるところもあった>(「古都」から。以下同)
20歳の男女の様子が目にうかぶようだ。
千重子は庭園内で友人と出会い、彼女から澄心亭という茶室に誘われた。真一がいるので断ったが、平安神宮の茶室で茶を楽しめるのだろうか? 公式ホームページにはそのような記述はないのだが、問い合わせてみると、
「茶室は通常、非公開のために入れません。ただあまり知られてはいませんが、原則として毎月第2日曜の9時から15時まではお茶席をやっております。このときはどなたでもお入りになれます。予約は不要で、堅苦しいものでもありません。たまたまその日に来ていた人が、楽しんでいかれることもあります」(広報担当者)