(週刊朝日2021年12月3日号より)
(週刊朝日2021年12月3日号より)

 川端はこうした珍しい情報をごく自然に作品に反映させているわけだ。

 平安神宮を出てから、千重子は真一を清水寺に誘う。

<「清水寺?」なんて平凡なという顔を、真一はした。

「清水から京の町の夕ぐれを見たいの。入り日の西山の空を見たいの。」>

 そうして出向いた先で、自分は捨て子だったと打ち明ける。「平凡な」清水の舞台は、秘密を明かす決意を後押しした。

 もちろん登場する寺社は、平安神宮や清水寺のような全国的にも有名なものばかりではない。むしろ観光客でにぎわう名所を避けようとする描写も出てくる。

「嵐山は今ごろえらい人やし、野々宮や、二尊院の道や、仇野が、うちは好きどす」

 と言う千重子は、仇野にある念仏寺に参ろうとしたり、野々宮の小路を歩いて野宮神社を訪れたりする。

<ささやかな社は、今も変らない。「源氏物語」にもあるが、伊勢神宮につかえる斎宮(内親王)が、ここに三年、清浄無垢の身をこもって潔斎した、宮居のあとという。皮のついたままの黒木の鳥居、そして小柴垣で知られている>

 といった野宮神社に関する説明など、京都観光本さながらだ。

◆心が癒やされる映画ロケ地となった北山杉の林

まっすぐに伸びる北山杉。京都の府木に指定されている
まっすぐに伸びる北山杉。京都の府木に指定されている

 この時期に訪ねるに相応(ふさわ)しい、紅葉の美しさで知る人ぞ知る山寺も登場する。

 高雄の神護寺、槇尾の西明寺、栂尾の高山寺。通称「三尾」と呼ばれる三つの山に建つ。

 この山寺を訪ねた後で、千重子はさらに奥にある北山杉の林に向かう。まっすぐに立つ杉林を見ると「心が、すうっとする」からだ。

<清滝川の岸に、急な山が迫って来る。やがて美しい杉林がながめられる。じつに真直ぐにそろって立った杉で、人の心こめた手入れが、一目でわかる。銘木の北山丸太は、この村でしか出来ない>

 京都北山杉の里総合センターの広報担当者が、杉林について説明する。

「林業の中心地である中川集落には、映画の撮影で使われた木造倉庫群がまだあります。私たちは中川集落ガイドツアーや杉林見学などの研修体験メニューを用意しています。小説にもありますように北山杉は幹がまっすぐ長く伸びていますし、直径12~13cmほどの太さで揃い、上の方だけ枝を残すようきれいに枝打ちをしています。これだけの美林は他にはありません。心が癒やされますよ」

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