千重子は伐採された杉の木の皮むきや磨きをする女性たちの中に、自分によく似た若い女を見かける。これまで「古都」は2度映画化されたが(主演は岩下志麻、山口百恵)、杉林のシーンは重要な見所のひとつだ。

 千重子は祇園祭の夜に八坂神社御旅所で杉山の女性と出会い、彼女が、生まれたときに別れた双子の姉妹だと知るのだ。

 他にもいくつもの伝統的な行事が、物語の中に溶け込んでいる。

◆瀬戸内寂聴さんが愛したすっぽん鍋も登場

 そのうえ「古都」は、優れたグルメ情報本ともいえる。

 千重子が真一とその兄と3人で食事に行くのは、すっぽん料理店の「大市」。先ごろ亡くなった瀬戸内寂聴さんが以前、本誌グラビア「人生の晩餐」で推薦するなど、多くの作家から愛されてきた店である。

 一方、真一の父が千重子の父に重大な願いを伝える際に利用したのが、円山公園にある料亭「左阿彌」。

<冬の短い日だから、高みの座敷から見おろす町は、明りがついている。空は灰色で、夕焼けはない。町もともし火は別として、そのような色である。京の冬の色である>

 真一の父の固い決意が伝わる場所ではないか。

 また千重子の家では、いただきものの「瓢正」の鯛の笹巻ずしを夕食にするシーンが出てくる。「瓢正」店主の森住文博さんが語る。

「瓢正」の笹巻ずし。上品な鯛の身に笹の香りが移り、食が進む(撮影/写真部・松永卓也)
「瓢正」の笹巻ずし。上品な鯛の身に笹の香りが移り、食が進む(撮影/写真部・松永卓也)

「川端先生はいつもうちにお一人で見えられて、お酒は飲まず、カウンターで黙々と召し上がっていました。笹巻ずしは、手土産や進物として注文する方が多いんです。その様子をご覧になっていたんでしょうな。先生がノーベル賞を受賞されたときには、先代と一緒に笹巻ずしを200個持って、鎌倉のお宅を訪ねました。先生は『今日は昼から佐藤栄作さんが来るので、このお寿司を出します』と喜んでくださいました」

 川端は「古都」を書くにあたり左京区下鴨に長期滞在し、京都の名所や文化を取材したという。60年経っても通用する情報に溢れているのは、入念な取材の成果だろう。(本誌・菊地武顕)

(週刊朝日2021年12月3日号より)
(週刊朝日2021年12月3日号より)



週刊朝日  2021年12月3日号

暮らしとモノ班 for promotion
大人のリカちゃん遊び「リカ活」が人気!ついにポージング自由自在なモデルも