鈴木さんの「ご近所シリーズ」は今回で3作目。
前作の「沼の婆さんの言い伝え」(18年、ニコンサロン)では、麻機沼にまつわる伝説に、いまの風景を写して重ね合わせた。
以前から富士山は時おり写していたが、この個展の終了後、富士山にテーマを絞った。
「今回は『お山』を中心にした、ささやかな幸せ、そんなものを表現したいと思って」
タイトルを「富士山」ではなく、「お山」とした理由をたずねると、「『富士山』とすると、重すぎちゃう、というか、威厳がありすぎちゃう」と、説明する。
「身近に感じる『お山』だから、ちらっと見えたときは、うれしいんですよ。今日はなんかいいことがありそう、とか思っちゃう。そんな気持ちになるんです」
■富士山は見えなくてもそこにある
作品に写るランドセルを背負う子どもたち。横断歩道を渡るその姿の向こうに小さく富士のお山が見える。立ち並ぶ真新しい住宅の屋根の上や、工事現場のパーショベルの奥にも白い山がそびえている。
一方、富士山が写っていない写真もある。新静岡と新清水を結ぶ静岡鉄道の駅を降りる人々を西日が照らしている。
「晴れた日はここから電車の上に富士山がちょこっと見えるんですよ。でも、この日は雲がたくさんで見えなかった。でも、この写真がいいな、と思って」
すっぽりと霧に覆われた水田のなかの道を自転車通学する中学生たちを写した写真もある。
「富士山が雲で見えなくても、山の姿はその向こう側にあります。お星さまは昼間の空には見えないけれど、そこにある。それと同じ。曇りの日でも(ああ、あそこに富士山があるな)と思って撮れば、撮れないことはないんじゃないかと思うんです」
展示作品は基本的にカラーだが、2枚だけモノクロ写真が混じっている。
「富士山がバックに大きく写っているのは、私が20代のころの写真。もう1枚は、松林で有名な清水の三保で生まれ育った妻の中学時代の記念写真。まあ、私たちの富士山との関わりという意味もあって入れたんです。夫婦で1枚ずつ」
■お山が見える場所に眠りたい
鈴木さんは81歳。この世を離れるとき、思い浮かぶ風景について、写真展案内に書いている。
<低山の連なりとその稜線の向こうに見える富士の嶺が、まなこの裏に懐かしい気持ちで浮き立つのではないだろうか>
そして、文章をこう結んでいる。
<「お山が見える場所に眠りたいわね」。妻の希望である>
(アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】鈴木賢武写真展「きょうもお山が見える」
ニコンプラザ東京 ニコンサロン 12月7日~12月20日