その意味からも、多田さんは「老後の初心」といったことを語ります。これは世阿弥の著書『花鏡』に書かれている言葉で、初心にも3種類あるというのです。「若いころの初心」「その時々の初心」そして「老後の初心」です。能に造詣が深い多田さんは「老後の初心というのは、体力がなくなったとしても年代に応じた新しい工夫をすることによって常に創造的であり続けることができるという意味のようです」と解説します。

 私はこの話から、河合さんが別の著書で語っている自己実現のことを思い出しました。人生の前半50年は自我を確立する時代、それから後は自己実現の時代だというのです。自己実現とは、自分の中にひそむ可能性を自分で見つけ、十分に発揮していくことです。

 河合さんは対談をこうまとめます。

「やはり老いの道は未知ということで、未知なんだから自分で創造してほしいということです。(中略)老いに関する固定観念みたいなものから自由になることだと思うんです。(中略)自分も多様性のなかの一員であるから、自分なりのものができるはずだという覚悟をもって、老いに向かっていってほしいと思います」

 老いても自分なりの可能性を見つけ自己実現していく。それが大事なのだと思います。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2021年12月17日号

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