■「知の塊」は非日常的なオブジェ
不定期連載というかたちで「産業考古学」の掲載が始まったのは「アサヒカメラ」1991年5月号。訪れたのは新日鉄(現新日鉄住金)の君津製鉄所(千葉県)だった。
<鉄っていうのは、日本の産業を支えてきた工業でしょう。鉄があったから、いまの日本の繁栄がある。ところが、技術革新や産業構造の変化で、花形の座を、超LSIに象徴される新しい産業にうばわれ、いまでは、“重厚長大”と呼ばれている。その、日本を支えている製鉄を、きちんとした映像で残すのは、いましかない>(「アサヒカメラ」91年5月号)
写真展会場には住友金属(現新日鉄住金)の和歌山製鉄所の作品も並ぶ。ドーム屋根の銀色の建物群を背景に複雑な曲がり方をした配管が写り、その威容は「工場萌え」に通じる魅力にあふれる。
「生産性を追求していったら、こういう形になったわけですね。そういう意味では、『知の塊』なんでしょうけれど、非常に面白い。非日常的なオブジェになっている。張り巡らされた階段なんか、エッシャーのだまし絵みたい。これを見ていると、人間のクリエイティビティーって、何なんだろう、と思いますね」
さびた巨大なパイプが横倒しになったような釜、「ロータリーキルン」が湯気を上げながら回転している写真も現実離れしていて目を引く。
「これは埼玉県にある秩父セメント(現秩父太平洋セメント)の工場。セメントの材料を焼き締める釜で、内部は約1500度もある。冷却のために周囲に流した水が蒸気になっている。それが不思議な雰囲気で、ゴロゴロと回っているわけですよ」
ほか、訪れたのは三井造船(現三井E&Sホールディングス)、ジャパンエナジー、豊羽鉱山、本田技研、三菱重工などなど。
■バブル期最後を飾るあだ花
一方、「Fake Scape(消費の風景)」は、「『産業考古学』と対比的に撮っていこうということで、95年から5年間、商業施設を撮影したものです」。
向かったのは首都圏を取り巻く国道16号沿いに立ち並ぶ、いわゆるロードサイド店。
「東京に通勤する人間のさまざまな消費サービスのかたちを撮ろうと思い、車で走って、面白い建物を見つけては撮影した。全部で600カ所くらい。16号を堪能するくらい撮りましたね」