『司馬遼太郎「坂の上の雲」の視点』(朝日新聞出版)が発売された。本質を見抜く司馬さんの視点、言葉の力を頼りに、松山、ロシア・サンクトペテルブルク、ロンドン、中国・旅順などを撮影した写真集だ。AERA2022年11月7日号の記事を紹介する。
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写真集では多くの写真の横に『坂の上の雲』の文章が掲載されている。たとえば、桜が美しい松山城の写真には、
<まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている>
物語の始まりを告げる文章が添えられる。
陸軍の「騎兵の父」と呼ばれた秋山好古、弟でロシアが誇るバルチック艦隊を破った海軍参謀の秋山真之、日本の俳句・短歌、そして散文の革新に短い生涯を燃やした正岡子規。この3人が主要な登場人物だが、司馬さんは3人を通常の主人公としては考えていなかった。
<この物語の主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるかもしれない>
「小さな日本」は世界情勢の荒波にもまれていく。「週刊朝日」の司馬遼太郎シリーズの連載を16年担当し、この写真集の撮影者でもある小林修(朝日新聞出版写真映像部)は言う。
「『坂の上の雲』は叙情が豊かな作品だと思います。明治日本の青春時代が描かれますが、その担い手である子規が亡くなり、物語は国際的なスケールで展開していきます。好古が学んだフランス、真之が学んだアメリカ、広瀬武夫が愛したロシア、警戒するイギリスやアメリカ。単にあらすじを追って取材できるような小説ではなく、司馬さんの視点がどこにあるか、つねに意識して撮影しました」
■東郷平八郎や高橋是清
この時代の日本は人材の宝庫だったのかもしれない。
東郷平八郎はロンドンで海軍軍人の第一歩を踏み出し、首相や蔵相を歴任した高橋是清は戦時国債のセールスに走り回る。陸軍の明石元二郎は謀略担当で、ロシアの圧政に苦しむフィンランドの社会主義者らを扇動する。エッセー「『坂の上の雲』を書き終えて」(1972年8月)で、司馬さんは書いている。