安田純平さんが保護されたトルコ・アンタキヤの入国管理施設を囲む報道陣
安田純平さんが保護されたトルコ・アンタキヤの入国管理施設を囲む報道陣

 カーティス氏の家族には、解放前日にカタール情報機関から「交渉成立」の連絡が入り、事前に受け入れ体制を整えていた。私とほぼ同じ2015年7月にシリアで拘束され、10カ月で解放された3人のスペイン人記者の事件にもカタールの協力があったとされるが、やはり「生存証明」を取られているし、スペイン側は解放を事前に知らされている。

 私の場合、カタールから日本政府に解放情報が入ったのは解放された日の日本時間午後9時(現地時間午後3時)頃で、私はすでにトルコにいた。

 トルコの入管施設に監禁されて家族に連絡することも許されず、日本政府は翌日まで解放を確認できなかった。カタールが日本政府からの依頼で救出したなら、この扱いは他の事例とはあまりに違っているし、日本政府に対して無礼であり、異常である。

 カタールは「過激派」への支援などを非難され、2017年からサウジアラビアやエジプトなどから断交されて孤立していた。そこへ2018年10月にトルコでサウジアラビア人記者が暗殺される事件が起き、同月末に私が解放されたため、「サウジアラビアが記者暗殺で非難されているときに日本人記者を救出することでカタールが外交的にプラスになるアピールをした」という解説が流布された。

 しかし、前出のカーティス氏は2018年5月、ドバイに本部のある衛星放送アルアラビアのインタビューで、自身の解放について「カタールが身代金を払った」と述べ、「他国の人質を身代金で救出して感謝されるという手法でアルカイダに資金援助をしていた」と指摘している。「身代金で記者を救出」という手法がすでに非難の材料になっているのに、全く同じ方法が「プラスのアピール」になどなるわけがない。

 カーティス氏の解放についてはカタール情報機関が欧米メディアの取材を受けて「協力の成果」をアピールしていたが、私の件では全くしていない。外務報道官は時事通信の取材に対し「情報活動で支援してきたが、解放交渉には直接加わっていない」と強調し、「カタールが人質解放などの努力を試みるとその意図は常にねじ曲げられ、忌まわしい行為として見られる」と不満を表明している。

 解放後、外務省の担当者は私に「身代金は払われていない。払ったと言われていることについてカタールから『非常に悲しい』とのコメントが来ている」と語っている。外交の場でこの表現はほとんど抗議ではないか。

 人は、同じ時期に印象の強い出来事が起きると関連があるように錯覚しがちである。「地震の前にナマズが騒いでいた」と関連付けて錯覚する宏観異常現象のようなものだ。人質解放にそうした背景が必要だというならば、その他の人質解放についてもそれぞれの背景を解説したらどうかと思うが、結論が決まっていれば何とでも想像はできてしまう。宏観異常現象には歴史の積み重ねはあるが、それすらない“ナマズ以下”の連想ゲームに惑わされてはいけない。

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背景にイスラム過激派の”穏健化”