2018年10月に成田空港で会見した安田純平さんの妻の深結(みゅう)さん
2018年10月に成田空港で会見した安田純平さんの妻の深結(みゅう)さん

 担当者は妻に「身元確認のための質問」と説明したが、これは「生存証明」を得るためのものである。本人しか答えられない質問を相手側に送り、正解が返ってくれば本人が答えたということであり、質問を送った先が本当に本人を拘束しており、回答した時点まで本人が生きていたと証明することになる。

 外務省は「海外における誘拐・脅迫Q&A」という44ページからなるパンフレットを公開しており、「生存証明」の重要性を強調している。その中で「誘拐の事実が報道されている場合、嫌がらせや脅迫電話、偽犯人や偽仲介人からの接触もあり得るので、真犯人のみが知り得る被害者の特徴や経歴(巻末の証拠質問リスト参照)を先方に質問し、真犯人かどうかを見究めます」(30ページ)と説明している。

 参照先の「証拠質問リスト(参考例)」(40ページ)には9項目の質問例が並び、「犯人は被害者のことを事前に相当調べている可能性が高く、ありきたりの質問では、目的を達せられない場合も考えられます」「なお、写真は様々な偽装手段があるため、必ずしも被害者の生存の証拠にはなりません」と解説している。解放交渉のために「生存証明」が必須であることを外務省自身が認識し、国民に周知しているわけだ。

 しかし、私が上記の質問をされたのは解放翌日の2018年10月24日、トルコの入管施設の事務所で目の前にいる在トルコ日本大使館員によって聞かれたのが最初である。外務省は2015年8月に質問項目を用意していながら、拘束中には一度もそれを使用していないか、使用していても私には届いておらず、正しい回答を得ていない。つまり、日本政府は交渉に必須である「生存証明」を拘束中に一度も取得していない。

 私がシリアからトルコへ解放された23日の日本時間午後7時ころに「解放の情報」を得た日本政府は同午後11時に当時の菅義偉官房長官による緊急記者会見を開いたが、あくまで「解放の情報」の範囲だった。24日に日本大使館員が私にこれらの質問をして正解を得て初めて解放を確認でき、ようやく「解放を確認」と発表した。

 日本大使館員の目の前に私がいてもこれらの質問をしなければ本人と確認できないのに、拘束中に一度も質問をしていない。これで交渉をするなどあり得ないことだ。

 2013年にシリアでISに拘束され、半年後に解放されたスペイン人記者のハビエル・エスピノサ氏は、「私には拘束中に1カ月に1回以上の頻度で質問が来た。生存証明を一度も取っていないなら身代金は払っていないだろう」と2019年に来日した際に私に語った。

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「払われなかった身代金」