国会で答弁する萩生田官房副長官(当時)
国会で答弁する萩生田官房副長官(当時)

後藤さん、湯川さんの事件では、家族が対応している間に当時の安倍晋三首相が外遊先のエジプトで「ISIL(IS)と闘う周辺諸国を支援する」として2億ドルの人道支援を発表。3日後にISが同額の2億ドルを要求する動画を公開し、その3日後に2人は殺害された。私の事件でも拘束者からの接触を無視すれば同様の展開になり得ると容易に予想できるはずだ。

 つまり日本政府は、拘束者である可能性のある者からの接触を無視した時点で、「殺されても仕方ない」と結論づけていた、としか考えられない。

 萩生田氏の「仲介者と称する人も大勢いる」との発言は事実そのとおりで、私の家族には多数の自称仲介者や自称事情通が殺到した。人質事件が報道されると必ず起きる現象だ。「アブワエル」についても、外務省の担当者は私の妻に対し「添付されていた文書はコピーされて出回っているものを送ってきただけかもしれない」として、彼が本当に拘束者につながる人物であるかは「分からない」と述べていた。

「アブワエル」が私が書かされた文書を持っている以上、政府に救出する意思があるならば彼が本物の「仲介者」であるか確認したはずだ。

「アブワエル」はアルカイダ系の反政府側組織「ヌスラ戦線」の元メンバーとされていることなどから「拘束者はヌスラ」とする報道が定着したが、シリアでは現地人の人質事件が多発しており、仲介するブローカーのネットワークも存在する。「元ヌスラ」が「ヌスラ」の案件だけ扱っているとは限らない。もしも拘束者が「ヌスラ」でないのに「ヌスラ」に金を払えば、救出できず「ヌスラ」に金がわたるだけという惨事になってしまう。人命のかかる人質解放交渉はそのような推定や想像で行なわれるものではない。

 日本政府はその「拘束者を確認する手段」を持っていた。ただ使わなかっただけである。

 外務省の担当者に妻が初めて面会したのは、私が拘束されてから約2カ月後の2015年8月26日、妻の実家がある鹿児島市内だった。このとき担当者は妻から「本人(私)しか答えられない質問」として以下の5項目と解答を得ている。

(1)「小さい頃飼っていたひよこの名前」

(2)「家で妻に呼ばれている名前」

(3)「結婚式を挙げた場所」

(4)「婚姻届の証人」

(5)「夫婦でよく行く餃子屋さん」

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「生存証明」を求めなかった外務省