安田純平氏(提供)
安田純平氏(提供)

 しかし、どの情報も実際とは全く異なっており、そのことを帰国後の記者会見で指摘すると、外務省の担当者から「そのことは言わないでほしい。信頼できるルートとの信頼関係に影響する」と口止めされた。誤った情報ばかりもたらしたのに今後も信頼し、関係を続ける相手といえば外交ルート以外にないだろう。

「信頼できるルート」を通して「生存証明」の質問を送っていれば、その情報源が本物の拘束者につながっているかどうか確認できたはずだが、事実として私には質問が届いていない。送ったのに回答がないなら明らかに誤った情報源であり、直ちに関係を切らなければならない。しかし日本政府が「信頼」し続けているのはそもそも「生存証明」を取ろうとしなかったからであり、「信頼できるルート」が厳密な拘束者特定の必要な救出のためではなく、ざっくりとした情報収集のための相手にすぎなかったことを示している。

 邦人テロ対策室の担当者は「生存証明」すら取ることを許されない制限の中でできる限りの救出方法を探ったと思うが、当初から「殺されても仕方ない」と結論付けていた日本政府として行っていたのは、私の事件をきっかけとした情報収集のための他国との関係構築だったということだろう。

 外国で起きる人質事件において、日本政府ができるのはその国の政府に協力を要請するところまでであって、シリアの反政府側地域のような、どこの政府の統治下にもない紛争地では全く機能しない。できるのは家族の精神的な支援で、周囲に話すこともできず孤立してしまう家族としては、結果として誤った情報だったとしても、頻繁に連絡をくれて共有してくれたことで落ち着きを取り戻せた場面も多々あったという。そうしたことは私も承知しており、解放された翌日に身元確認に来た日本大使館員には第一声で謝意を述べた。

 拘束者側からの接触をことごとく無視し、一切の交渉も譲歩もせずに解放に至ったのは日本政府の“完全勝利”だが、決して政府として狙ったものでも期待したものでもないただの結果だ。

 一人の命を救うことで多数への影響が出る可能性があるとき、その一人の保護をどこまで試み、その影響をどこまで許容するかは、本来は国家・社会のあり方の根幹に関わる問題である。シリアのような場所だけで起きることではなく、行かなければいい、ですむ話ではない。私の経験がそうした議論に広がる材料となるならありがたいと思っている。

◆やすだ・じゅんぺい 1974年生まれ。一橋大学卒業後、1997年信濃毎日新聞入社、脳死肝移植問題などを担当した。 …… 2003年に退社し、フリージャーナリストに転身する。山本美香記念国際ジャーナリスト賞・特別賞受賞。近著に『自己検証・危険地報道』 (集英社新書)など。