男性諸氏は「仕事が忙しくて」と苦笑するばかりで、仕事を休んでも「部活」に来る男性はまれである。たしかに平日の昼間に滝に打たれたり、祝詞(のりと)を高唱したり、馬に乗ったりするのは「堅気の勤め人」には難しいだろう。けれども、新しいことを始める機会を「いずれ暇になったら」と先送りしているうちに、多くの男性は自己刷新の機会を逸したまま老境に達してしまう。むろん、その年齢からでも新しいことは始められるが、多くの高齢男性は「初心者」として新しい経験に踏み込むことをためらう。
私は72歳の誕生日にはじめて馬の「駆け足」というものを経験した。世界の風景が違って見えた。と書けばきれいにまとまるのだが、実際には落馬しないように必死に鞍(くら)にしがみついていた。でも、この年になってなお「必死の初心者」でいられることを私はうれしく思っている。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年10月24日号