哲学者 内田樹
哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 先日、72歳の誕生日を迎えた。まさか古希を過ぎるまで生きられると若い時には思っていなかった。別に若死にしたかったわけではない。だが「こんな雑な生き方をしていたらどこかで野垂れ死にするだろう」という覚悟はしていた。

 それが気づけば馬齢を重ねていた。誕生祝いのメッセージにあった「化けるほどに長くお元気で」という言葉を見て、なるほどそろそろ「化け物」の領域に踏み込みつつあるのかと思った。それも悪くなさそうである。

 今年の誕生日は牧場で迎えた。3年前から乗馬を稽古しているのである。指導してくださるのは凱風館で新陰流のご教授をお願いしている三好妙心先生である。剣術の稽古の後に三好先生を囲む懇親会の席で、馬に乗るというのがどれほど奥深い経験であるか話を伺っているうちに馬に乗りたくなり、発作的に「乗馬部」を立ち上げた。凱風館にはそういう「部活」がいくつもある。居合や杖道や禊(みそぎ)や滝行の「部活」があるのだから乗馬の部活があってもおかしくない。私が「馬に乗りに行こう」と呼びかけたら十数人が手を挙げてくれた。ほぼ全員女性である。そうなのである。私が道場で「新しいこと」を始めようとすると面白がってくれるのは、ほとんどが女性である。

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