「いくらテラさんが子どもたちにとってよくないと言ったって、編集部としては、そのマンガの連載をやめることなどできない。だったらば、自分がやめる、と筆を折ってしまったんです」
マンガ家廃業以降、トキワ荘時代の仲間との交流も疎遠になっていた寺田だったが、亡くなる2年前の1990年6月に、鈴木や赤塚、安孫子、石森などに声をかけ、寺田の茅ケ崎の自宅で宴会を催したことがあった。
そのとき、ホームビデオを撮影したのも鈴木だった。そのホームビデオを見ると、赤塚、安孫子、藤本、石森らが勢ぞろいし、「次は還暦の祝いだよ。テラさん」と囃すかつての仲間の酔談にニコニコと笑いながら寺田は耳を傾けている。この時、寺田58歳。
「でもねえ。私は笑顔のテラさんを撮影しながら、こう思っていたんですよ。ああ、これが最後になるのかな、と」
楽しかった宴会の翌日、安孫子が、寺田の家に、前の夜のお礼をしようと電話をかけた。
「あっ、奥さんですか、昨晩は本当にご馳走になりました。テラさんいます?」
寺田の妻は少しためらった後に、こう安孫子に返したのだという。
「寺田は、昨晩かぎりをもってトキワ荘の皆さんとのおつきあいは最後にしたいと申しております。電話にもでないそうです」
以下次号。
下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。
※週刊朝日 2022年9月16日号