「大好きなビートルズに殺到する熱狂的なファンの様子にもインスピレーションを得ました」
本作では画風でも新たな挑戦をした。
「初めて登場人物の顔に陰影をつけたんです。フィギュアを作る石塑(せきそ)粘土で顔を造形して、実際に光を当てて、影の出方を研究しながら描きました」
![『死びとの恋わずらい』/英語タイトルを縦位置に配置したカバーデザインも秀逸だ(c)JI Inc./Asahi Shimbun Publications Inc.](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/712mw/img_89e8f1b491cbeb2ff7a8142384945026120819.jpg)
■こだわりの表現技法
伊藤作品を翻訳・出版するVIZメディアの門脇ひろみさんによると、伊藤作品は海外で「アート」として捉えられている側面がある。ときに1コマに9時間を費やす緻密で美しい絵は、さまざまな試行錯誤によるものだ。伊藤さんは話す。
「1987年に『富江』でデビューして2年ほどはドイツのロットリング社の製図用のペンを使っていました。線に強弱がつかず、均一な線がひけるので素描のような味が出ます。89年の終わり、富江シリーズの『写真』から、ペン先にインクをつけて線を描くつけペンになったと思います。ただ、つけペンは扱いにくいので、自分の癖や手の形に合わせてオリジナルのペンを自作していました」
![『富江』/何度死んでもよみがえる美少女「富江」は伊藤ホラーの原点だ。これまでに8回映画化されている(c)JI Inc./Asahi Shimbun Publications Inc.](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/d/4/713mw/img_d47218bc46aad0226dd30bfe119f1099157509.jpg)
もともと工作好きで、歯科技工士の経験を持つ伊藤さんならではの工夫だ。背景の模様の描き方にもこだわりがある。
「スクリーントーンが苦手なので、金属のパーツを紙の上でローラー状に回転させて文様を描いたりしました。墨を筆で飛沫状に飛び散らせるスパッタリングの技法もよく使いました。デジタルを利用するといとも簡単にできてしまうのですが、もっと有機的で味のある点描ができるんです」
8年前からデジタルに移行したが、アナログの要素も捨てがたく、さまざまな試みを続けているという。
伊藤作品はアメリカでこれまでに16タイトルが刊行されている。売り上げトップ6は表のとおり。デビュー作にして代表作である『富江』より『うずまき』が勝っているのはやや意外だが、前出のVIZメディア・門脇さんは話す。
「『うずまき』はアメリカで最初に刊行されたので、北米では伊藤さんの代表作と考えられているのかもしれません。第3話に登場する少女・黒谷あざみの顔がうずまきになっていくシーンがネットのミームとしてバズったことも理由の一つでしょう。アメリカ人は体が奇妙に変形していく“ボディー・ホラー”を好むので、その要素がさまざまなパターンで含まれている点も人気の秘密かもしれません」