現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が13年ぶりに宇宙飛行士候補者を募集し話題になっているが、前回(2008年)の募集時に選抜に挑み、女性唯一のファイナリストとなったのは産婦人科医だった。週刊朝日ムック『医者と医学部がわかる2022』(朝日新聞出版)では、その江澤佐知子医師にインタビュー。医師でありながらさまざまなことに挑戦しつづける、その理由を聞いた。
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医師になれば、幅広い知識と思考力を持ち、人間力に富んだ魅力的な人になれるに違いない……。江澤佐知子医師は幼いころからずっとそう思っていた。数年前に亡くなった父が、そんな人だったから。
「父は産婦人科の開業医でしたが、歴史にも芸術にも文学にも詳しくて、スコットランド出身の私の夫とイギリスの小話で盛り上がれるような人でした」
医師を目指す過程でも、多くの人から異口同音に「医学を学ぶだけではいけない」「学生時代は体験を積め」と言われた。江澤医師はその言葉通りの青春時代を過ごす。
■医師は「恵まれた側」にいる存在だと知る
最初の体験は中学生のときの米国短期留学だった。滞在したのはアフリカ系の母子家庭。生活は厳しく、親子の唯一の楽しみはラジオ体操。イメージしていたアメリカンファミリー像とのあまりの違いに衝撃を受けた。
「この違いはなんだろう」
その問いを胸に、毎年のようにその家庭を訪ね、医学部に入学してからはバックパックを背負って数えきれないほどの国々を歩いた。インド、ネパール、シリア……。
「日本で過保護に生きていたのではできない体験をしました。言葉に尽くせない困難もくやしさも味わい、それ以上の感動にも出合いました。医学部の中の枠におさまることなく、人としての経験値を上げられたと思います」
そしてその体験は、医師としての土台にもなった。
「医師の多くは『恵まれた側』の一員です。でも患者さんがそうであるとは限らない。彼らの生活や悩み、抱える問題をイメージできなければ、彼らに伝わる言葉を持てないし、安心して治療を受けてもらうことも難しいかもしれない。コミュニケーションの下支えをする人間力は、経験で作られるものです」