人生の大きな転機となる受験。その経験は社会人になっても役に立つと先輩たちは話す。
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菱沼勇介さん(39)は、都市部の農業の活性化を目指すベンチャー企業「エマリコくにたち」の社長を務める。エマリコは縁を作り、街を育て、利を生み、社会に貢献するという意味の造語だ。
会社を起こしたのは11年前。当時は都市農業はそれほど注目されていなかった。地元農家とのつながりも、ほぼなかったという。うまくいくかわからないなか、自らを信じる基盤となったのが大学合格の経験だった。
出身は神奈川県にある中高一貫の栄光学園。中・高と軟式野球部に所属し、高校では中学の野球部を統括する監督代行を任された。勉強は不熱心だった。「英語は苦手、数学も赤点。宿題もやらないダメダメな生徒でした」
監督代行が一段落した2年の夏から、受験勉強に取りかかった。経営分野に強い一橋大を志望校に定めたが、3年の5月模試はE判定。「DならまだしもEなんて」とショックを受け、本腰を入れる。受験を重視しない校風だったため、計画表を立て、その日何をするか自分で決めた。秋には模試もA判定になり、現役合格を果たす。
「受験もビジネスも、目標を立ててアプローチする点は一緒です。底辺の成績から始め、試験を突破したことはその後の糧になりました」
大学に入ると、授業で東京都国立市の団地内にある商店街の活性化に熱中し、商店街にあるカフェの運営に関わった。
卒業して大手不動産会社で働いたが、次第に起業への興味が募った。農業と出会ったのは国立市のNPO法人を引き継ぎ、地元の農家と交流したのがきっかけ。国立市では約20年で農地面積が半減しており、食い止めたいと話す。
事業の柱は直売所の運営だ。多摩地区の契約農家、約130軒から一日2回野菜を仕入れ、その日のうちに売る。従来は農家側に手数料が発生する委託販売が主流だったが、野菜を農家から買い取り、販売や宣伝も自社で担う。補助金に頼らない民設・民営のスタイルが評価され、昨年、地産地消の優れた事例として農林水産省から表彰された。
「仕事は何十年も続くからこそ、つらい中に楽しさを見いだす才能が大切。受験勉強はその修業ととらえてみて」と話す。(本誌・松岡瑛理)
※週刊朝日 2022年2月4日号