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 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、死生観について。

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 この間、考えもしなかった急性心筋梗塞(こうそく)になって、2週間はジッとして絵は描くな、と言われて、大人しくしている。何もしないことはわりかし平気だけれど、医者から無為でいるようにと言われると自由を束縛されたみたいで、実に退屈でならない。そんな時、あちこちの出版社から送られてきた瀬戸内寂聴さんの著書が10冊以上あるので、退屈しのぎに、パラパラめくっていたら、死についてのエッセイが実に沢山あるのだが、その中に遠藤周作さんの「死ぬのが怖い」という文章があって、「俺は怖いんだなあ、とても死ぬことが怖いよ」とおっしゃっているのを知って、クリスチャンでも怖いんだ、きっと遠藤さんはインテリだから、死後生が信じられないので虚無感を怖がってらっしゃるんじゃないか、と思って、もう少し読んでいると、なんと、「横尾忠則さんも『死ぬことを考えると、とても怖くなって眠れなくなる』と言っている」と書いてあるじゃないですか。

「ヘェー」インテリでもないのに何で怖いんや。今より20年ほど前に言った言葉かも知れない。

 そういえば子供の頃からズッと死ぬのが怖かった。そんなことから『チベットの死者の書』や『スウェーデンボルグの惑星の霊界探訪記』など、死の本一色の時代があった。ところが、この前、急性心筋梗塞で死にそこなった時、痛い、苦しい肉体的な苦痛の方が恐しくて、死ぬことによってむしろ助かると思ったくらいに、そんなに怖いとは思わなかった、と書きましたよね。

 瀬戸内さんは生前、死ぬのは怖くない、だけど苦しいのはイヤだからといって尊厳死の会に入ったと聞いたことがあったし、晩年はよく「死にたい、死にたい」と連呼しておられたので、死をそんなに怖がっていらっしゃったとは思えなかった。ただ、「死んだらどうなるの?」という質問はよく受けた。「まあ死んだらわかりますよ」じゃ、無責任なので、神秘主義をかじっている者としては、「死後生はしっかり存在しています」と答えていた。また「生前の善行、悪行によってカルマを清算してくれますよ」とも言うと、「あら、怖い!」とあわてて電話が切れた。こんな風に瀬戸内さんを怖がらせるのがいつの間にか僕の悪趣味になって、ひとり楽しんでいた。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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