
◆観客の強い感情 情熱かき立てる
剣豪であり詩人であるシラノが自分の容姿に自信が持てず、ロクサーヌ(ヘイリー・ベネット)へ思いを打ち明けられない。それどころか、彼女の思い人がクリスチャン(ケルヴィン・ハリソン・Jr.)だと知るや、2人の仲を取り持つため文才に乏しいクリスチャンに代わって、彼女への思いを手紙にしたためる……。
ミュージカル映画を初めて手がけたライト監督だが、「シラノ」は舞台から衣装、小道具までうっとりするロマンチックな映画になっている。
ところで、作り手たちさえ熱くするミュージカル映画のおもしろさとはどこにあるのか。
スピルバーグ監督は、「歌やダンスは、心への入り口。それは、観客の中のとても強い感情やエネルギー、情熱をかき立てる」と話す。ミュージカルはいったん「すべてが現実的なドラマではない」という事実を受け入れられるかがポイントで、「それができて、創作された世界に入り込むことができれば、トランス状態に置かれたようになる」という。
「(作り込んだ感のある)80年代、90年代のミュージカルは好きではない」と話すライト監督は、「大事なのは音楽を自分が好きになれるかどうか」と言う。「シラノ」も「突然、奇妙な形で、感情を爆発させるような歌い方ではなく、自然で親密さそのものとして表現したかった」と話す。
「僕は必ずしもミュージカル好きではないので、今回はそういう方が見られるミュージカル映画を作ることが一つの挑戦でした。(音楽で起用した)ザ・ナショナルの楽曲がもともと大好きなので、その曲の中にある心痛だったり、何かを求める気持ちだったりを伝えるような、身近に感じてもらえるような映画にしたいと思っていました。音楽に関しては僕は趣味がうるさいんです」
歌、踊り、芝居がすべて楽しめるミュージカル。良作が続く今年も、日常から切り離された世界を堪能できるに違いない。(坂口さゆり)
※週刊朝日 2022年2月18日号