「メダル獲得がその後のアスリートの人生を保証してしまう国もありますね。スポンサーなどがついて何億円も稼げて、事実上の保証になることもある。だからこそ、リスクを承知の上で、医師やコーチと組む。国にとっても威信につながる」
ただ、選手心理としては、カネと名声だけが動機ではないという。
かくいう大峰准教授自身も、大学時代、水泳、自転車ロードレース、長距離走の3種目を行なうトライアスロンをやっていて、ドーピングをしたいという欲求にかられたという。
「トライアスロンは持久力が求められる競技です。私は、大学時代最後のインカレで、正直、ドーピングに手を染めたい、ドーピングがあれば飲みたいという衝動にかられました」
インカレで優勝したところで、一生分のお金が稼げるわけでもない。
「カネとか名声に関係なく、とにかく勝利したかった。その種目に熱中しているアスリートというのは自分の種目で勝つことが、自分のアイデンティティになっていますので、負けるということは自分の存在意義を否定されることにもつながります。だからこそ、卑怯な手を使ってでも勝ちたいという思いを持ったということですね、正直…」
結局、薬物に手を染めることなく、結果は11位だった。満足いく範囲だったが、思いとどまった理由についてこう語る。
「1秒でも早くゴールし、一つでも順位を上げて本当は入賞したかったのですが、学生だったのでドーピングといっても、どんな薬をどこから入手したらいいかもわからなかったのです。エリスロポエチンの使用が可能な状況だったとしても、使用することはなかったと断言できる自信はありません」
健康面から考えると、ドーピングに手を出すべきではないと考えるのかと思いきや、そう単純ではないという。
「ドーピングの制度の中に『TUE』(治療使用特例)という制度がありまして、たとえば病気を持っているアスリートはこのクスリを使いたいと申請して認められれば、ドーピング規定の中に入っている禁止物質でも使用が免除される。ドーピングにかかわる禁止物質が健康状態を改善させるということはあるんですね。だから、禁止物質使用イコール健康を害するからダメとはいえないのです」