全国の在宅医療・介護関係者に強い衝撃を与えた1月の事件。埼玉県ふじみ野市の住宅で、男が散弾銃を発砲し、医師を殺害。殺された医師は、事件前日に亡くなった容疑者の母親が利用していた在宅クリニックの担当医だった。需要を増す在宅医療の課題が浮かび上がった。
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「台所には包丁があり、その気になれば凶器になるものは家中にある。患者や家族の生活の場に入っていくことの怖さを改めて感じてしまう」
関東地方の在宅医は、事件を受けてこう漏らす。
患者宅に医師が訪問する在宅医療は、病院と比べ、医師をはじめとした援助者と、患者や家族ら利用者との距離感が近い。このため、援助者と利用者がうまく関係性を築けていないと、苛立ちやクレームなど負の感情を医療者にストレートにぶつけてしまう家族もいる。自身も在宅医で、45年にわたって医療現場を見てきた小笠原望医師(大野内科理事長)が言う。
「患者の生死が伴う医療の現場では、奇麗事では済まされない家族の思いを目の当たりにします。そうした家族の思いと医療関係者、介護関係者ら援助者側の思いとが、必ずしも一致しないときもある。特に在宅の場合には、どこまで何をするか、しないかといった難しい判断を、家族が迫られる局面も少なくない」
在宅療養では、家族の「きちんとしなければ」という気持ちが強すぎるあまりに、医療者にかなり高い要求を求めることがあるという。例えば、一人の医師が一日に何軒もの患者宅を移動する分、身体状態や道路状況などにより、やむを得ず予定時間に遅れて訪問する場合がある。遅刻するときには事前に患者宅に連絡を入れるルールだが、怒りが収まらない家族もいる。また医療者が伝え方に気をつけていても、悪いように解釈して、攻撃的な態度に出る人も。訪問看護師としても活躍する看護師の大軒愛美さんは言う。
「そうした人ほど、社会性が乏しく孤立しているケースが多い。特に年齢が上がるにつれ、その傾向が強まる印象です。相談する相手がいないことから、自分の考えが全てになってしまう。他人が自分と異なる意見を口にすると、否定されたと解釈するなど、医療者を敵視してしまう人もいる」