そこで中西コーチは相撲の力士が稽古で行う鉄砲、すり足、四股などで下半身を鍛えるよう指導。畳の間で足の裏が擦り切れるほど、力士ばりの稽古がひたすら続いた。中学生の時からノルディックスキーの優れた選手だった若松。この稽古で強靱な下半身がさらに鍛えられていく。

「インパクトの瞬間は腰を一塁方向にクルッと回転させるんじゃなくて、キャッチャー方向へひねるようなイメージ。中西さんから教わったツイスト打法というんです。弓を引っ張って射るという感覚ですかね。これが上手くできるとスイングが大きくならないし、両サイドの速い球もさばける」

■攻略した相手、できなかった相手

 打率3割を超えたシーズンはなんと十二回。だが、これほどの打者でも打ち崩せなかったピッチャーが当時のセ・リーグには数人ほどいたという。そんな話題を向けると即座に挙がった名前が江夏豊だった。

「そうねえ、打てなかったのは江夏だねぇ。真っ直ぐ速いし、コントロールはいいし、とにかくボールが重い。アウトロー、インローにすごいコントロールでドスンとね。ある時、広島戦で江夏から左中間の良い当たりを打ったことがあったんですよ。これはもう絶対抜けるなって思いながら走ったんだけど、外野に捕られて。あいつのボールだけは打ってもなんかインパクトの瞬間に戻されるっていう感覚。嫌だなと思っちゃったら打てないから、負けたくないって感じで打席に行くんだよ。あいつの時だけはインサイドは捨てて、変化球じゃなく真っ直ぐを待って」

 自分の「型」を崩さなければならないほど、手強い相手だった江夏。一方、他のピッチャーはことごとく攻略したという、この偉大な打者がどのような相手とどう対峙したかについて聞いていく。

「思い浮かぶのは堀内(恒夫)の大きなカーブ。相当、このカーブにやられたんだけどよく考えたら全部、引っ張っちゃってたんだよね。それでアウトコースはもちろんインコースもレフト方向に打ってみようって。そういう考えでレフトへのホームランを打ってからは、堀内も苦手じゃなくなってきた。あとは西本(聖)のシュートかな。アウトコースいっぱいに落ちてくるシュートなんだけど、4打席すべてが引っ掛けてセカンドゴロっていう時もあったほど。これも、この野郎って感じで無理矢理引っ張っちゃってたんだよね。それである時、ゴルフ大会があったの。そこに川上(哲治)さんが来ていてね。俺に言うんだよ。『お前、あんなバッティングじゃダメじゃないか。シュート引っ掛けるくらいだったらフォアボールでいいんだよ』って。それからですよね。西本と当たっても打席で少し余裕ができるようになった。フォアボールでいいと思えば苦手じゃなくなったというわけ」

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