「通信インフラをクラウドに乗せるってのは、技術的には可能なんだよ」

 通信の専門家が言うのだから間違いない。ホテルに戻った後、時差ボケで寝られない玉川は、頭の中で安川の言葉を反芻(はんすう)していた。通信はクラウドに乗る。携帯の通信インフラは仮想化できる。クラウド携帯通信……。

 気がつくと、机に向かって「クラウド通信」というタイトルのプレスリリースを書いていた。アマゾンには新しいビジネスを提案するとき、リリースの形にまとめる習慣があった。

「クラウド上で動く携帯通信でありとあらゆるモノをネットワークにつないで、世界をより良くする」。翌朝、リリースを見せると安川が興奮気味に言った。

「これは、やるべきなんじゃないか」

 子どもの頃から日本と世界をつなぐ仕事がしたいと思っていた安川はそう直感し、興奮ぶりを見た玉川もその気になった。

ソラコムの機器。いろんなものをIoT化できる(写真=写真部・松永卓也)
ソラコムの機器。いろんなものをIoT化できる(写真=写真部・松永卓也)

■再び現場に戻りたい

 日本に戻ると、玉川はAWSの仕事で付き合いのあるNTTドコモの役員を訪ね、「試作に協力してほしい」と頼んだ。役員は「面白そうだね」と快諾し、担当者を紹介してくれた。それがソラコムのもう一人の共同創業者になる舩渡大地だった。

 玉川、安川、舩渡の3人はクラウド携帯通信の試作検討を始める。安川が言った通り、AWSで動かす見込みが立った。

 問題はこの事業をアマゾンに提案するか、自分たちで会社を作ってやるか。3人は迷うことなく起業を選ぶ。大企業で順調にキャリアを積んだ3人は、チームを任される立場にいた。世間的には出世だが、エンジニア的には「上がり」でもある。3人とも「もう一度、現場に戻りたい」との思いを抱えていた。(敬称略)(文/ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2022年3月21日号より抜粋