埼玉県で、全国初のエスカレーターに立ち止まって乗るよう求める条例が施行され、4月1日で半年がたつ。首都圏ではエスカレーターの「左側立ち、右側空け」が長く定着してきた。だが、身体に障害があり右側に立ちたい人もいる。昨年11月にAERAdot.が配信した、エスカレーターの右側にしか乗れない15歳少女と両親の苦悩についての記事は大きな反響を呼び、様々な声が寄せられた。条例をきっかけに県民の意識やマナーは変わったのか。そして、エスカレーターの右側に立ち止まって乗りたい当事者は、どう感じているのか。
* * *
3月下旬の午後。
埼玉県最大のターミナル駅であるJR大宮駅西口のエスカレーターを眺めていると、「左側立ち、右側空け」の慣習は変わっていないように見えた。大半は左側に立っているが、右側を歩いたり早足で駆け上がっていった人も少なくない。JRが立ち止まって乗るようアナウンスを流し続けているのだが、効果はいかばかりか。駅のホームでは、電車から降りた客で上りエスカレーターを歩く人は、さらに多かった。
右側を歩いて上っていった春日部市の30代男性会社員に話を聞くと、
「条例は知っていますけど、子どものころから身に着いた習慣なので急いでいると歩いてしまいます。小さい子どもなどに気づいたら、立ち止まるようにはしているつもりです」
左側に立った地元の80代男性は、
「高齢者はみんなが立ち止まって乗ってくれた方が安心。ぶつかられると怖い」と話しつつも、「仕事をしていた若いころは、何も考えずに歩いていたと思います。自分自身の足が弱ってくると色んなことに気がつくんだよね」
さらに、「埼玉だけじゃ効果はない。東京で働く県民が多いんだから、東京都にも働きかけるべき」(40代女性)や、「大人が変わらないと子どももマネするだけでは」(19歳女子大学生)など、意見は様々だ。
■立ち止まる勇気が持てない
「条例の効果なのかはわかりませんが、大丈夫ですかと声をかけてくれたり、気を使ってくださる人もいらっしゃいます。ただ、全体的にはエスカレーターの乗り方は条例施行前と何も変わっていないように感じています」
うつむき加減でそう話すのは、和光市在住の会社員、川瀬正広さん(49)だ。20年近くすし店の板前として働いていたが、2015年の秋、脳出血を起こし入院。リハビリを経て歩けるようにはなったものの左半身にまひが残り、一歩一歩、ゆっくりと足を運ぶ。