JR大宮駅構内。立ち止まって乗るよう呼びかける掲示板も(写真/編集部・國府田英之)
JR大宮駅構内。立ち止まって乗るよう呼びかける掲示板も(写真/編集部・國府田英之)

「友人たちは、障害者になった自分と、以前のようには付き合わないだろう」。勝手にそう思い込んでいたが、現実は違った。毎日のように見舞いに来た高校時代からの友人。退院後、ひそかなブームとなっていた「たき火」に誘ってきた友人は、荷物を持つこともできないと遠慮しかけた川瀬さんにこう言った。

「そんなのいいよ。楽しめるだけ楽しめばいいじゃん」

 つらい経験は少なくない。エスカレーターで後ろから来た人に舌打ちされたり、「どいてください」などと吐き捨てられたり……。今でも、「また何か言われるだろうな」と、あきらめにも似た気持ちを抱えてエスカレーターの右側に立つ。

 一方で、障害を知ってくれた仲間たちは優しかった。

「知ってくれれば、ちょっとずつ状況が変わるんじゃないかとも思っています。自分の今の姿や思いを伝えてもらうことで、一人でも二人でも、エスカレーターで立ち止まってくれる方が増えてくれないだろうかと」

■見えない努力を重ねて

 長女の小学校の卒業式には、約束通り歩いて行った。その5歳下の長男は、ペットボトルのふたをやっと自分で開けられるようになった父を見て、こう言った。

「できなかったことができたね」

 誰もがいつかは年を取り、身体は弱る。自分は元気でも、身近な誰かが病気や事故などで配慮が必要な状況になるかもしれない。その当事者たちは、川瀬さんのように見えない努力を重ねて社会で生きているはずだ。

「自分にとってのエスカレーターの問題だけではなく、エレベーターに乗りたいベビーカーを押すお母さんや、事情があって電車の優先席に座りたい人、点字ブロックを開けてほしい視覚障害者の人……配慮や支えを必要としている人は日常にいますよね。そうした人たちが生きやすい社会になっていってほしいと強く願います」

 条例の施行がゴールなのか、埼玉以外にも広がり、社会を変える一歩目になるのか。自分や身近な人に何かがあったとき、「生きやすい社会」で暮らせる方がいいことだけは間違いない。

(AERAdot.編集部・國府田英之)

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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