その後、社会人になってデザイナーとして生活するのですが、デザインだって、別に好きだったわけではありませんでした。今回の鮎川さんの質問の「はじめて絵を描こうと考えている人」達に僕のしてきたことがアドバイスやメッセージになるとは思いませんが、僕のような仕方で、画家になった人間もいるということに興味を持たれるなら、僕みたいな独学で、または別の方法で絵の世界に興味を持たれてもいいのではないでしょうか。


 何も画家になるために美術大学に行く必要もないかも知れません。しかし絵を描くことで画家として大成したいと思われるなら美術学校に行って下さい。でもプロの画家を目指さなくても絵を描くことを楽しみたいなら、別に画家にならなくてもいいわけです。プロの画家になると、仲間とシノギを削ったり、野心や野望を持って、社会的な成功を獲得するためにヘトヘトになることも覚悟しておいた方がいいでしょうね。


 ここまで書いてきて、僕はフト考えました。絵はなぜ描くのかということをです。絵は苦しみのために描いているのではないかと考えることがあります。絵は愉しみのために描くのに苦しむなら意味のないことです。こういう生き方はプロの画家にまかせておいて、ただ純粋に絵を描きたいと思う人は、僕が子供の頃、模写ばかりやっていた頃のあの初心こそ絵の原点ではないかと思うのです。


 絵には大義名分的な目的はありません。何々のために絵を描くのではなく、絵は描くことそれ自体が目的でなきゃならないものです。大げさにいうと絵は人生や生活を豊かにするために描くのです。アマチュアであろうと、プロであろうと絵の原点は変りません。プロになると様々な煩悩と出合って、絵を描くことが苦しみに変ります。しかしその煩悩によってプロは生長するのですが、はじめて絵を描こうとする人は純粋な気持ちで絵を描いて下さい。絵は正直なので、不純な気持ちで描くとそのことがそのまま絵に表れます。病気の人が絵を描けば絵は病的になります。クセや性格がそのまま絵に反映します。絵はウソがつけないので、その人のありのままの姿を写します。

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