近年の競馬はレーシングカレンダーの充実に伴って適距離のレースのみを厳選して走るのが主流。だがかつては適性を超えたローテーションで出走し、なおかつ好走した破天荒な馬たちがいた。今回はそんな距離不問の名馬たちを紹介する。
このテーマで語るなら、まず最初に触れるべきはやはりタケシバオーだろう。1967年に芝1000メートルで初勝利を挙げたタケシバオーは、この年の12月に1600メートルの朝日杯3歳ステークス(現G1朝日杯フューチュリティステークス)を制覇した。
翌年のクラシックでは2000メートルの皐月賞と2400メートルのダービーでいずれも2着と勝ちきれなかったが、古馬となった69年は2400メートルの京都記念(春)に3200メートルの天皇賞(春)などを勝った。さらに芝1600メートルのオープンと芝1200メートルの英国フェア開催記念ではレコードタイムをマーク。ダートでも勝利を挙げるなど、まさに万能の名馬だった。
平成初期のアイドルホース、オグリキャップは地方競馬時代に芝1200メートルの中京盃で勝利。中央転厩後は芝1600メートルの安田記念やマイルチャンピオンシップ、芝2500メートルの有馬記念を制した。
オグリキャップの凄まじさは幅広い距離適性もさることながら、89年秋にマイルチャンピオンシップを勝った翌週に連闘で2400メートルのジャパンカップに出走してレコード決着のハナ差2着に入るなど、現在では考えられない過酷なローテーションで結果を出し続けたことだろう。
オグリキャップとともに「平成三強」に数えられたイナリワンも地方出身のオールラウンダーだった。86年末にダート1000メートルでデビュー勝ちすると翌年にはダート2600メートルの東京王冠賞を勝利。88年末には当時はダート3000メートルで行われていた東京大賞典も勝った。
89年から中央入りすると、4月に芝3200メートルの天皇賞(春)をレコード勝ち。続く芝2200メートルの宝塚記念も連勝した。そして年末には有馬記念で1歳年下のスーパークリークやオグリキャップらを退けてまたもレコードタイムをマークし、この年の年度代表馬に選出されている。