ヤクルトで活躍した池山隆寛もドラフトで巨人に指名された選手の一人
ヤクルトで活躍した池山隆寛もドラフトで巨人に指名された選手の一人
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 巨人のドラ1ルーキー・大勢が4月13日のDeNA戦で球団新人史上最多の8セーブ目を挙げ、新人王の最有力候補に躍り出た。

【写真】「ちょっと残念どころじゃない」巨人が逃した“未来のスター” 

 大勢は昨年のドラフトで、4球団競合の隅田知一郎(西武)の抽選に敗れた巨人が外れ1位で獲得したのは、ご存じのとおりだ。

 近年の巨人は、さっぱりくじ運に恵まれず、2016年以降、田中正義(ソフトバンク)、清宮幸太郎(日本ハム)、村上宗隆ヤクルト=清宮の外れ1位で重複)、根尾昂(中日)、奥川恭伸(ヤクルト)、佐藤輝明(阪神)、隅田と6年連続で本命の獲得に失敗。「あのとき獲れていれば……」と残念がるファンも多いはずだ。

 実は、それ以前のドラフトでも、巨人の場合、「逃した魚は大きかった」ケースが少なからずあった。

 まず、1966年の第2回ドラフトでは、巨人は9月5日の1次ドラフト(同年は2回に分けて開催)で、江夏豊(大阪学院)を獲得希望名簿(1チーム30名以内)の1位で提出した。

 高校ナンバーワン左腕・江夏は、全12球団中、サンケイを除く11球団までがリストアップしていたが、巨人、阪神、東映、阪急の4球団が名簿順位1位で競合したことから、抽選となった。

 だが、江夏は阪神が引き当て、巨人・佐々木金之助代表は「江夏を獲れなかったことは、ちょっと残念な気がする」とコメントした。

 もし、江夏を獲得していれば、巨人は前年のドラ1・堀内恒夫とともに左右のエース両輪を擁し、V9以降も黄金時代が続いていた可能性もあっただけに、「ちょっと残念」どころの話ではなかった。

 ちなみに巨人は、同年の2次ドラフトでも、日本石油のエース・平松政次の1位指名を約束しながら、立大の捕手・槌田誠三に切り替えたため、2位指名の大洋に奪われている。これまた結果論になるが、もったいない話である。

 翌68年から事前に指名する順番をくじで決定する予備抽選方式が導入され、重複指名はなくなったが、78年から入札方式に変更されると、抽選が復活。翌79年、巨人は社会人ナンバーワン左腕の木田勇(日本鋼管)の獲得に動く。木田もセの在京球団を希望し、相思相愛の仲だった。

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久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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