いまだ続くコロナ禍の中、NHKの長寿番組「ドキュメント72時間」の存在感が増している。同じ場所で3日間カメラを回し続け、そこを訪れる人々の声にじっと耳を傾ける同番組。チーフ・プロデューサーの篠田洋祐さんに、番組にかける思いと制作の舞台裏を聞いた。AERA 2022年5月2-9日合併号の記事を紹介する。
【写真】「冬の焼きいも店 ぬくもりの先に」2021年1月22日放送
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ベッドタウンの小さなクリーニング店で。下町の路地にひっそりとたたずむ地蔵の前で。歓楽街の老舗おつまみ専門店で──。
NHKのドキュメンタリー番組「ドキュメント72時間」は、観光地や話題のスポットではなく、地域住民の暮らしに溶け込んだ場所にカメラを据え、そこにやってくる人々の姿を3日間にわたって記録する。その最大の特徴は、同じ場所での撮影を基本とする“定点観測”であることだ。
制作統括の篠田洋祐(しのだようすけ)チーフ・プロデューサーは、「だからこそ、場所選びがすごく重要」と語る。
「いつも第一に考えるのは“意外な出会いがありそうかどうか”。こちらの先入観がひっくり返されるような、何かしらの発見がありそうな場所を選ぶようにしています」
番組誕生のきっかけとなったのは2005年、同局の報道番組「クローズアップ現代」の撮影中のこと。救急病院を密着取材していた番組スタッフが、待合室で交わされる何げないやりとりや、手術を終えたドクターがほっと一息ついている様子などを見つめるうち、定点観測の着想を得たのだという。
そして同年12月に原型となるパイロット版が放送された。
一つの現場にこだわる
舞台は東京・渋谷のハチ公前広場。コインロッカーを利用する人々の姿を72時間にわたってカメラに収めたこの放送が好評を博したことで、06年から翌年にかけてレギュラー化。その後、13年から第2期のレギュラー放送が開始され、現在に至る。これまでの放送回数は累計318回(4月末時点)にのぼる。
「一つの現場にこだわって耳を傾けることで、報道番組とは違う視点から現代のリアルを描けるのではないか、というのが番組の出発点。“私たちにはまだまだ知らない世界がたくさんある”というスタンスを今も大事にしています」
「必ず72時間で撮り終える」「時系列どおりに編集する」というルールの下、ディレクター、カメラ担当、音声担当の3人でクルーを組み、一つの現場につき2クルーが交代で撮影にあたる。番組作りでとくに心がけているのは、説明過多にならない、予定調和にならない、ということだ。