その後も、準々決勝の鹿沼商工戦、準決勝の小山戦のいずれも1安打無失点に抑え、決勝の宇都宮東戦では、高校通算9度目のノーヒットノーラン(完全試合2度、ノーヒットノーラン7度)を達成したが、2つのエラーがなければ、パーフェクトだった。
だが、県大会5試合で被安打わずか2と無双しまくった江川も、甲子園入り後は、別人のように球の切れを欠き、2回戦の銚子商戦で延長12回、雨中の押し出しサヨナラ四球という思わぬ形で敗れ去った。
話は1球前に遡る。フルカウントになって、内野手がマウンドに集まってきた。「真っすぐを投げたい。それでいいか?」と尋ねる江川に、ふだん江川と口を聞かなかった選手も含めて、「お前の好きなボールを投げろよ。お前がいたから、ここまで来れたんだ」と声を揃えた。
結果は大きく高めに外れるボール球になったが、最後の最後でチームがひとつにまとまったことに安堵した江川は、爽やかな気持ちでマウンドを降りたという。(文・久保田龍雄)
●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。