横尾忠則
横尾忠則

 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、日本美術について。

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 日本人で好きな画家は? ですか? 結構いますよ。森羅万象をモチーフにした北斎の何でもありは、何でもなしを主張した日本の近代美術以後の固定化した主題と様式を完全に無視した、それこそアカシックレコード(先週号参照)を開いたような北斎の創造は神の代理者でしょうか。まあ北斎は横に置いておいて、北斎の代理みたいで、この人も北斎以上に、森羅万象をハチャメチャにしたような人で、その作風は狩野派、土佐派、円山四条派、中国画、洋画、それらもまた折衷したり、模写したり、ダダのピカビアも真青になる谷文晁って人ですが、テレビの「お宝鑑定団」の登場回数は実に多く、その大半が「ニセモノ」で鑑定依頼者はガクッと来る、そんな江戸の画家です。

 とにかくひとりで日本の絵画史を横断した人です。だから谷文晁の代表作は?といわれても、その主題、様式の多様性のために逆にオリジナリティが希薄に見えちゃって、損をしているので、それほどポピュラーではないですが、僕が谷文晁に興味を持つのは、日本美術史をひとりで駆け抜けたその万華鏡的な何でもありの精神なんです。作品というよりその創作態度に憧れるわけです。この人はかなり僕に似ていて、気が多くて、すぐ飽きるタイプの画家だと思いますね。

 ところが最近の僕は、日本の水墨画の画家に興味があります。名を挙げてみますね。思いついた順から、等伯、蕭白、蕪村、雪村、雪舟、白隠、仙がい(=がんだれに圭)、大雅、玉堂、宗達、光琳、探幽、守景、友松、竹田、若冲、まあそんなとこですかね。中国から輸入された日本の水墨画のオールスター・キャストってとこですが、先ず最初に僕が惹かれたのは気持ちの悪さにかけてはNo.1の蕭白ですが、そのメディアが騒ぎ過ぎて知らない人まで、訳もなく「面白い」と言い出す。こういう大衆迎合主義は日本文化の特徴ですね。誰かと同じ考えでいることが安心なんですかね。

 僕がデザイナーだった頃は浮世絵の影響を受けていましたが、画家に転向して以後は日本美術の影響は余り見られません。強いていえば、小林清親の夜景版画は、これは僕のライフワークにもなっている「Y字路」シリーズが、先ず夜景から入ったものですから、小林清親との親和性はありますね。その版画的な手法というより、日本のあのジメッとした夜景の空気感を、逆に乾いた表現で描いているところが西洋的なんです。小林清親の夜景には人物のシルエットが沢山描かれますが、僕の「Y字路」の夜景は無人の街です。

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横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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