元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
![元朝日新聞記者 稲垣えみ子](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/522mw/img_482455e5f97b8a7438569fd3e2de5e2731504.jpg)
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この春、私が会社を辞め今の生活を始めてから6年以上通っていた近所のカフェが、店を閉めた。
若い店主が頑張って朝から開けてくれていたので、毎日のように通い、モーニングを食べ原稿を書かせてもらった。このコラムもほとんどがそこで生まれたのである。毎日置物のように同じ席にいたので、午前中にやってくる常連さん、すなわちあらゆる年齢のあらゆる職業の人とバカ話をしたり悩みを話したり聞いたりした。赤ちゃんのときから知ってる子もいるし、ワンコOKの店だったので多様なお犬様とも親しくなった。独身ゆえ子供もワンコも無縁の人生に、メシもあげずシモの世話もせずただ可愛がってそれなりの信頼を得るという生活が始まった。つまりは私はこのカフェで、これまで手にしたことのなかったありとあらゆる大事なものを手に入れさせて頂いたのである。 新聞記者をやめるとき、少なからぬ同僚に「記者の名刺がないと出会いが減っちゃうよ」と忠告されたがそんなものは全くのウソだった。世の中はそれなりの名刺がないと会えない相手でできているわけでも、そんな「偉い人」が知恵も暖かさもたくさん持っているわけでもなんでもなかったのである。世の中は普通の人々でできていて、普通の人々が全てを持っていた。人の価値は肩書でも年収でもないってこと、自分でも口先でそうは言っていたが本当は全然わかっちゃいなくて、でも本当にそうだったんだってことを私はこの店とお客さんに骨の髄まで教わったのだった。かなりびっくりしたし、それは最高に気持ちいいびっくりで、そのことは下り坂の人生後半戦を生きる自分にめちゃくちゃ大きな希望を与えた。人はただ一生懸命生きていれば良いのである。そこに全てが存在しているのだ。
![いらんサプライズでこんなんも作ってもらってたなー。懐かしい。人生は一期一会!(写真:本人提供)](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/c/7/840mw/img_c76d9b2e39b01fd7af5b51027830aa47101687.jpg)
ってことで店主にはどれほどお礼を言っても言い足りない。あなたはきっとたくさんの人に大きなものを与えたもうた。そんなこと改めて言ったら驚くだろうな。人はかくも大きな勇気をいつの間にか他人に与えているのである。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2022年6月20日号
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