
ロンドンの高級レストラン。シェフのアンディは多忙と妻子との別居で精神的にギリギリ。そんななかグルメ評論家が来店することになり……。スリリングな展開で、人種やジェンダー差別、低賃金労働などの問題も描く。──。連載「シネマ×SDGs」の13回目は、シェフ経験を持つフィリップ・バランティーニ監督が、レストランの舞台裏をワンショットで撮影した『ボイリング・ポイント/沸騰』について話を聞いた。
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俳優をしながらレストラン業界で15年働いてきました。ヘッドシェフも任されていたんです。自分がよく知っているこの世界を舞台に、リアルで生々しく、スリリングで真実に満ちた映画を作りたいと考えました。

クリスマス前の金曜日の一夜のレストランが舞台です。予約がぎっしりの多忙さのなか、厨房(ちゅうぼう)やフロアでは次々に問題が起こります。脚本はワークショップでの俳優たちの言葉から作り上げました。彼らが普段感じていることや経験したことが映画に反映されています。ワンショット撮影のために、リハーサルを何度も繰り返しました。相当なプレッシャーでした。しかもロックダウンで予定の半分の4テイクしか撮れなかったんです。運良く3テイク目がうまくいっていたのでホッとしました。

映画には低賃金労働や人種差別など様々な問題が含まれています。主人公のシェフは重圧からアルコール依存になっています。これらは世界中のあらゆる業界で起こっていて、しかし表に出にくいものです。それらに光を当て、実際に現場で何が起こっているかを知ってほしかったのです。

現代人は常に二つの仮面をつけていると思います。SNS上では誰も問題など抱えていないようにみえます。友人に「元気」と答えても実際は違うかもしれません。

英国ではコロナ禍でレストランやホスピタリティー業界で働く人々が大きな打撃を受けました。支援も不十分で独立系の店の多くが閉店し、なかなか元に戻りません。本作がなにか人々の目を開き、他者の別の顔や、内に抱えているものを理解する助けになればとも思います。そしてレストランに行ったときは、ぜひその素敵な一皿の裏で一生懸命がんばっている人たちを想像してみてください。(取材/文・中村千晶)
※AERA 2022年7月18-25日合併号

