今年5月に起きた
50代運転主任の自死

 こうした力関係を背景に、A主任がB主任に面倒な仕事を押し付け、B主任はA主任の顔色をうかがう光景は日常茶飯事だという。もっともこれは運転主任に限った話ではなく、乗務員においても先輩が後輩に勤務の交換を持ち掛け、楽な勤務や予備勤務を「奪う」こともあるといい、パワハラ的な人間関係は様々な職場にまん延しているとAさんは語る。

 必然的に職場はストレスとプレッシャーが支配するようになり、評価を下げられないためにミスを隠蔽する「ダマ」や、上長の覚えめでたい人はミスを見逃してもらえる「ナシ」などが横行する。京急は「人間優位」の有用性を強調するが、乗務員の現場でも、運転主任の現場でも現実にはヒューマンエラーが続発しているという。

 手動で信号を操作する運転主任のヒューマンエラーと聞くと、列車が衝突するような事故が発生するのではないかと不安に思う人もいるかもしれないが、信号やポイントの切り替え操作と、衝突を防ぐATS(列車自動停止装置)は、安全を確保するため別系統のシステムになっているため、ヒューマンエラーが直ちに事故につながるわけではない。とはいえヒューマンエラーが増えれば増えるほど、ミスが連鎖して重大事故につながる可能性は高まるため、望ましいことではない。

 ちなみにAさんによると、運転主任のヒューマンエラーが運行に影響を及ぼす事例として、列車の到着番線が本来とは異なってしまったり、そのために優等列車の通過待ちができなくなったり、あるいは信号を変えるタイミングが遅れたことで意図せずATSが作動して列車が急停止するなどがあるそうだ。

 乗務員の労働環境に対して運転主任のそれが表面化しないのは、給与が良いからではないかとAさんは言う。前述のように筆者は以前、京急若手車掌の「薄給問題」を取り上げたが、実は京急は全体で見れば決して年収の低い会社ではない。2020年度の有価証券報告書によれば、平均年間給与は約680万円(平均年齢38歳11カ月)であり、40~50代で構成される運転主任は平均以上の給与を得ていることになる。

 若手乗務員大量退職の例が示すように、低収入で過酷な労働を強いられ、しかも従来の年功序列な賃金カーブが今後は保証されないとなれば人は去っていく。しかし運転主任(B主任)は一定の収入は保証されており、A主任あるいはその先の助役、駅長になれば使う側へと立場が変わる。多くの人はB主任の期間は「お勤め」として耐えるしかないと考えるそうだ。その中で強豪高校野球部の上下関係よろしく、自分が受けたシゴキをする側に回ってしまうケースも少なくないという。こうしてパワハラ体質は脈々と受け継がれていく。

 そうした中、今年5月に金沢文庫駅の50代の運転主任Cさんが自死するという痛ましい出来事があったことが分かった。京急の広報担当者は「社員に関する問い合わせには回答していない」として口を閉ざすが、複数の関係者から情報を得た。京急本社は同僚社員に対し葬儀に参列しないよう求めるなど、徹底した緘口(かんこう)令を敷いているようで、遺書の有無や動機などは明らかになっていない。

 しかし関係者によれば、自死の前日、A主任2人に呼び出され叱責されるCさんの姿が目撃されていたという。B主任であったCさんは当時、A主任に昇進するための教育を受けていたが、信号所の「パワハラ体質」を受け容れることができず、駅長に他部署への異動を希望。異動がかなわない場合は退職すると訴えていた。駅長は要望を受け入れ、教育から外れることを認めたが、指導役のA主任はCさんが教育を受けないことを不満に思い、問い詰めたようだ。その翌日、連絡なく欠勤したCさんの様子を確認に行った社員が亡くなっているCさんを発見した。

 これが取材で知り得た情報の全てであり、その死の真相は少なくとも筆者には分からない。しかし、さらなる取材で「事実」を探るつもりはない。極めてセンシティブな案件であるだけに、京急に公表を求めることもしない。ただ京急が、現場で生じているさまざまな問題について真剣に向き合っていることだけを望みたい。

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