職人気質な上下関係が
パワハラの温床に

 しかし運転主任の業務は信号やポイントの切り替えだけではない。一般的な鉄道事業者ではどの列車にどの車両を充てるかを決める「車両運用」は車両部門が行っているが、京急では各地区の運転主任が調整して決めている。車庫から駅まで列車を回送する「入れ替え」も、多くの事業者は専属の構内運転士が担っているが、京急では運転主任の仕事である。

 また輸送トラブル発生時に乱れたダイヤを復旧する「運転整理」も、一般的には司令所(事業者によっては指令所)が全線を一括で管理しているが、京急では各駅の運転主任が列車の到着番線や退避駅の変更などの実作業を行っている。

 まさに一人何役ともいうべきさまざまな業務をこなす彼らは、同業他社だけでなく鉄道ファンからも「運行のプロ」として一目置かれる存在であるが、その実態についてこれまでほとんど語られることはなかった。

 筆者は今年3月、京急乗務員の過酷な労働環境と相次ぐ退職者の問題(『「京急」社員たちが悲痛告白、低賃金と重労働の驚きの実態とは』)を取り上げたが、運転主任の現場でもこれとはまた違った形で問題が起きている。

 数年前に京急を退職した元運転主任のAさんは「信号所は特に古い体質を引きずった職場」であると証言する。一般にはほとんど知られていないが、実は運転主任には「A主任」と「B主任」の2種類がある。運転士から運転主任に転属した人はまずB主任となり、経験を積んでA主任となるが、この上下関係に起因する問題が多く生じているという。

 京急の特殊性の一つに、社内資格である車掌と、国家資格である運転士の登用試験を除き、昇進試験というものが存在せず、上長に認められた者が昇進するという仕組みがある。

 筆記試験や面接だけで判断するのではなく、職場での働きを総合的に評価する手法自体が悪いというわけではもちろんない。しかし実態は減点法であるため主観的な評価から逃れられず、必然的にパワハラの危険性が生じてくる。

 Aさんをはじめ、複数の元社員が証言するのは、京急では新しい職場の業務を習熟するには、勤務時間外に上長に指導を願い出なければならない「文化」があるということだ。

 運転主任で言えば、B主任がA主任になるためにはさまざまな業務を学ぶ必要があるが、指導役であるA主任の機嫌を損ねたり、やる気がないと認定されると教えてもらえなくなるのである。よく言えば職人気質だが、ここにもパワハラの温床がある。

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今年5月に起きた50代運転主任の自死